wong0110's diary

中国語で書かれた仏教書(主にテーラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。+日常の心模様の独り言<是誰庵のひとやすみ>。

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」(翻訳文)5-81

   <Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

有分心は明るい光を生じさせる事ができるものの、しかし、有分心自体は心であり、光ではない。

有分心は、多くの心生色聚を生む事ができるが、これらの色聚の中の色彩は、明るい。

これらの心生色聚の火界は、多くの時節生色聚を生じる事ができ、それらの中にある色彩もまた、明るく輝いている。

光明の源は、これら心生色聚と時節生色聚の中の色彩から来ている。

光明の強度は、有分心に相応する智慧の強度によって決定される;

智慧が強い時、光明は増々光る。

故に、もし、有分心が観智の業力によって生ずるならば、その智慧が非常に強いという事によって、その光明もまた、非常に強く明るく光る。

こうした事から、有分心は有分心、光明は光明であって、それは二つの事柄なのである(+ことが分かる)。

有分心の発生は、一面の鏡のような清らかな光明で、また、上述したような火界であるため、隠喩的に有分と言われる。

「有分心が明るいというのは隠喩である。というのも、心には色彩がないが故に。」(≪殊勝義註≫)(5-82につづく)

    <Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は

<菩提樹文庫>まで。ご協力、よろしくお願いいたします。

<パオ・セヤドー「顕正法蔵」2008年中国語版→日本語訳出 

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>