Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

「身念処」1-43

   <Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

1-4-6 滅諦(第三聖諦)

涅槃は苦の止息(=止まる事)または、息滅(=消える事)であり、泥洹と涅槃は同じものである。

涅槃は、煩悩と苦痛を断じ除く法(=方法)である。

上記の事は、苦因ーー集(または三種類の貪愛)を滅するが故、である。

涅槃の一刹那の間は、苦がない。

というのも、五蘊の作用が、暫定的に停止するが故に。

この短い、暫定的な一念の間に生起した心は、道心(1-1-1節参照)と呼ばれる。

修行者は、智慧でもって、苦を体験・体得する時、彼は、貪愛は苦の因である事を理解する。

こうして、彼は、貪愛を取り除く方法を考える:

因が滅すると果が滅する(+のだと。)

(貪愛が、完全に、清らかに取り除かれた後、苦の果は、自ずと滅し除かれる。)

(1-44につづく)

    <Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ★誤字脱字を発見された方は、

<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。ご協力、よろしくお願いいたします。

<原題「身念処」Vipassana Bhavana 第二版 アチャン・ネン著

中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>