Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

「テーラワーダ仏教在家居士帰依戒律ハンドブック」 4-7(90/230)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>

義(=意味、内容)の上では、「離」は、欲界善心に相応する離、である。

《分別論》では以下のように言う:

「殺生から離するとき、そのとき、彼は、遠離しており、離しており、殺生を回避しており、所作がなく、作為がなく、違犯しておらず、境界を超えておらず、悪の橋を破っていない。」等。

この、離という単語は、欲界の離を含むだけでなく、出世間の離も含む。

しかしながら、ここで述べられている所の「私は受持する」は、(出世間的なもの)には適合しない。

故に、上記で、「欲界善心相応の離」であると説明されるのである。

(4-8につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。ご協力、よろしくお願いいたします。

<「テーラワーダ仏教在家居士帰依戒律ハンドブック」 

中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>