Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 コメント欄はどなたも利用OKですが、リトリートに入っている時は回答致しません。

「テーラワーダ仏教在家居士帰依戒律ハンドブック」 4-7(90/230)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>

義(=意味、内容)の上では、「離」は、欲界善心に相応する離、である。

《分別論》では以下のように言う:

「殺生から離するとき、そのとき、彼は、遠離しており、離しており、殺生を回避しており、所作がなく、作為がなく、違犯しておらず、境界を超えておらず、悪の橋を破っていない。」等。

この、離という単語は、欲界の離を含むだけでなく、出世間の離も含む。

しかしながら、ここで述べられている所の「私は受持する」は、(出世間的なもの)には適合しない。

故に、上記で、「欲界善心相応の離」であると説明されるのである。

(4-8につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

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<「テーラワーダ仏教在家居士帰依戒律ハンドブック」 

中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>