Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 2018年8月10日の翻訳をもって翻訳ワークは終了しました。                     コメント欄は利用OKですが、リトリートに入っている時は回答しません。。

《Vipassanāハンドブック》8-8(F)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

6、嫉:

嫉妬または(+相手を)認めない事。

または、相手を褒めることが出来ない事。

または、他人の成功を祝福できない事。

嫉は、他者を否定したがる性格、惰性の事。

7、慳:

利己的。吝嗇。他人と分け合って、共に楽しまない事。

8、悪作:

憂慮、焦り;

または、すでに犯してしまった間違い、及びなすべき事をなしていないのを、過度に焦燥する事。

二種の錯誤:

すでに犯してしまった罪行と、未だなしていない善行。

二種の表現方式:

すなわち、「私はすでに罪を犯した」と「私はいまだ、慈善、美徳など等の善行を実践していない」(+と言う事)。

故に俚諺では、「愚かな人は、事柄が発生してから計画する」と言う。

悪作には二種ある:

すなわち、粗忽の罪と違反の罪。

9、無慙:

恥の気持ちのない事。

一人の人間が罪を犯した時、恥じの感覚がないのを言う。

10、無愧:

以下の四種の畏怖を、元より無いものと見做す事。

自責の畏怖(attānivāda-bhaya)。

たとえば、「私は愚かです;私は間違いを犯したなど等。」;

他罰の畏怖(parūpavāda-bhaya);

刑罰の畏怖(daṇṇa-bhaya)、今生において統治者の処罰を恐れる事。

悪趣の畏怖(apāya-bhaya)、来世、悪趣に生まれて、処罰を受ける事を恐れる事。

11、掉挙:

分心、心の散乱。

12、昏沈:

心の怠惰。または心識の、所縁に対すの認識が明確でない事。

13、睡眠:

心所が昏沈状態になる事。または、一つひとつの心所が曖昧模糊としている事。たとえば、触、受など(が明晰でない事)。

14、疑:

困惑。または「信じるべき事柄」を信じない事。

以上の14種は、悪生(pāpajāti)、または不善業という。

(8-9につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

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<《Vipassanāハンドブック》 (原題 Vipassanā Dipanī)

Ledī sayādaw著 中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>