<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>
一、涅槃の意楽の具足
1、等正菩提
2、パーチェカ菩提
3、声聞菩提、すなわち、阿羅漢(漏尽者)、アナガミ、サカダーガミ及びソータパナ。
《清浄道論・第三章・第128段》
もし、あなたがすでに修行を開始した、一人の修行者であるならば、上記の概念はすでに、あなたの心中にしっかりと、植えつけられているはずである。
しかし、多くの修行者は、なぜ修行するのかと問われても、満足できる答えを返す事ができない。
彼らは、あなたに、(+修行するのは)心内の苦痛を解くためだと訴えるが、このことは、彼らがいまだに、非常に強力な、涅槃の意の楽を擁していない事を、意味する。
《相応部・縁相応・第23経》《Upanisa Sutta》において、仏陀は、因縁を断惑する順正の次第とは以下の通りであると言う:
「苦ー信心(=確信、納得)ー愉快ー喜悦ー軽安ー快楽(=楽しい)-定ー如実智見(原文ママ)」。
このことから、我々は、あなたが本当に、苦とは何かを知った時にのみ、あなたにおいて、心の底からの信心が生まれ、強力な信心が生まれるとき、愉快、喜悦、軽安、快楽もまた、正順に従って生起する(+という事が分かる)。
しかし、多くの修行者は、非常に悲観的であり、彼らは修行において、精進心を発揮することができず、己の性行(=性格と行為)を改めることができない。たとえ彼らが、世間とは苦であると、知ってはいても。(3-20につづく)
<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>
(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は<菩提樹文庫>
まで。ご協力、よろしくお願いいたします。
<「掌中の葉」(シッダッタ学院)中国語版→日本語訳出
翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>