<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>
達白と布麻は、普泰族の伝統に従って、雨季に入ったばかりの頃に結婚した。
その時、達白は17歳であった。
風習に従って、結婚後は、達白が夫の家に引っ越して、一緒に住むことになったが、そこは、彼女の家とあまり離れていない、大家族の一家であった。
彼らは、一軒の、非常に大きな、茅葺の屋根を持った、高床式の木造家屋に住んでいた。
ここに来て、達白は家族の中の、最も若い構成員となり、当然の如くに、日常生活の労働の主力とみなされ、屈強で堅忍不抜な性格から、彼女は各種の重責を、担うことになった。
布麻の性格は、完全に彼女とは異なった。
布麻は呑気でだらしなく、遊び好きで、人が仕事をしている所へ来ては、ちょっかいを出した。
彼は、田植えや稲刈りに近所の女の子を雇ったが、彼の妻が、傍で仕事をしていても、彼女たちといちゃいちゃふざけ遊び、こそこそと達白についての論評をした。
もしかしたら、彼は妻にやきもちを焼かせたかったのかも知れないが、達白は見ないふりをして、無関心を装い、道理に合わない愚かな言動に対して、無言を貫いた。
(3-26につづく)
<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>
(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、
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<原題「美琪喬ーー一位阿羅漢尼修道証果之道」 Dhammavamsa Publication
中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>