<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>
Vipassana修法
1)真実の自性は般若(智慧)。
2)修行の所縁は実相(実相または身・心);
四念処修行の中の四組の念処を所縁とする事を通して、実相般若を引発する。
3)Vipassana の特徴は、実相の智慧を顕示する事が出来る事。
4)Vipassana の作用は、無明(四聖諦に対する無知)を、断じ除く事である。
5)Vipassanaの結果は、正見(または身・心の自然なる真実の状態)の成就である。
6)Vipassanaの効果は、四念処を所縁とする定(刹那定)を生じせしめて、実相般若を引発する事である。
7)Vipassanaの利益は、個人の宿業または煩悩を断じ除ことができる事。
煩悩がなければ、二度と輪廻しない。
という事は、煩悩がなければ、涅槃するという事である。涅槃すれば、後有を受けないので、涅槃は快楽(=楽しい)なのである。
8)Vipassana の修行の場合、六根は、皆活用されなければならない。そして、他に特別は所縁は必要とせず、身・心の無常・苦・無我(自然なる真実の状態)を観照するだけでよい。
法念処では、五蓋は、一つの所縁とすることができる。
9)仏陀は、四念処でもって vipassana、観禅をしたいと思う人は、先に四種類の性行の中で、自分はどれに相当するか理解しておく必要がある、と述べている。
それぞれの類型によって、修するべき念処は異なる。(1a、1b等)。
(例えば、貪愛性行で、利慧(=智慧に鋭い)者(1a)は、受念処を観ずるのがよい。)
①貪愛性行
a)利慧(智慧が鋭い)
b)鈍慧(智慧が鈍い)
②見執性行(=己の見解に執着する人)
a)利慧(智慧が鋭い)
b)鈍慧(智慧が鈍い)
現代において、一人ひとりが貪愛性行で、かつ鈍慧者であると仮定した場合、身念処を観ずるのがよい。仏陀によると、この時代に阿羅漢道を成就するには、身念処(における粗いと微細な動作の観察)から着手するのが妥当である、との事である。
(1-69につづく)
<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>
(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、
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<原題「身念処」Vipassana Bhavana 第二版 アチャン・ネン著
中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>
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