Sayalay's Dhamma book

長年、当ブログにおいて逐次公開しましたテーラワーダ系仏教書翻訳文は、<菩提樹文庫>にてPDF版として、正式に公開されています。<菩提樹文庫>WEBをご閲覧下さい。

翻訳(中→日)《実用アビダンマ》(3-107)(私家版)

ここでは、安般念を例にして、如何にして、修習を通して、初禅に到達するかを説明する。

「安般念」のパーリ語は「ānāpāna sati」である。

所縁は呼吸で、sati は正念の事である。

故に、(安般念は)正念を呼吸の上に置いて、自然に呼吸する。

正念とは、純粋に(ただ)知っている、という事、すなわち、呼吸に対して、知っている、呼吸を吸い込んだ、吐き出した事を知っている事(を言い)、それが自然であればあるほど良い。

止禅安般念の修行において、失敗する原因は、あまりに作意があり過ぎて、鼻(が詰まった様な)具合が悪くなる、または、精進(の方式)を間違えて、呼吸の観察を過度にし過ぎた為に、頭が締め付けられる様に痛くなる、等である。

矢を放つときに、力が強すぎると、矢は、的を外れて、他の所へ飛んで行ってしまう。

鼻が痛くなる以外に、人によっては、歯まで痛くなってしまう事がある。

我々人間は、何かをなそうとする時、目標を上方に設置して、絶え間なく精進して、目的に到達しようとするが、しかし、この方法は、禅の修行では、成功しない。

必ず、自然に従い、法と相応する様にする事。

この様にして初めて、成功する機会が得られる。

(3-108につづく)

<願以此法布施功徳、早日証得涅槃楽>