wong0110's diary

中国語で書かれた仏教書を日本語に翻訳して公開。+日常の心模様の独り言。

パオ・セヤドー講述「菩提資糧」(翻訳文)-170

問1-4 (+台湾・中国の文化圏の)一般の

人々は、死者に金・銀紙を焼いて供養します

が、これは迷信ですか?

答1-4 南伝仏教ではこのような習俗はない。

しかし、我々は、死者の名義で善事、たとえ

ば、布施などをして、その功徳を死者に

回向することはできる。

もし、死者が、他人の功徳を分かち合うこと

のできる、そういう種類の餓鬼に生まれ

変わっているならば、誰かが彼に回向

したのを知って、そして、そのことに随喜の

功徳心を起こすことができたならば、

彼は、その功徳の利益を受け取ることができ、

それによって、善道に生まれ変わることが

できる。

しかし、死者が、その他の種類の餓鬼に生まれ

変わっている場合、または地獄道畜生道

人道、阿修羅道などに生まれ変わっている

場合、他人が回向した功徳を分かち合うことは

できない。

問1-5 一人で暮らすのが好きな人は、付き合い

の悪い人だと見做されます。一人でいる事と、

集団の中にいる事を、どのように考えたら

いいのでしょうか?

答1-5 集団生活は、禅の修行に利益がない

ばかりでなく、禅定と観智の修行にとっては、

大きな障礙となる。

どのような道・果であっても、それを証悟

する前、あなたは一人でいて、努力して

修行し、絶対に、集団生活の中でゴタつく

生活をしてはならない。

(+あなたが一人で暮らすと)ある種の人々

は、あなたの良い面を見て、あなたは仏陀

教えを真剣に守って生活をし、仏法の修行に

努力している比丘、比丘尼だと思って

くれるかも知れない;

また別の人々は、あなたを誤解して、あなたは

人と親しまない人だ、と言うかもしれない。

他人があなたをどのように評価するか、という

問題は、あなたがリードして決められるもの

ではない。

というのも、世の中すべての人間に、あなたを

良い人だと思ってもらうことは、不可能である

が故に;

いわんや、他人の評価はあなたにとって、少し

も重要ではなく、あなたは別に、他人からの

評価によって、証悟して聖人になったり、

地獄に落ちたりするわけではない。

もし、あなたが、集団の中で人々と往来したい

というのであれば、最も良いのは、先に

阿羅漢果を証悟してから、それを楽しめば

よい;

もし、阿羅漢果を証悟する事ができないの

ならば、少なくとも須陀洹道果を証悟しておく

必要がある。

しかしながら、もし、あなたが道・果を証悟

するにはどうしたらいいのかを知らないので

あれば、あなたは、優れた見識があり、かつ

有能な導師について学習し、道・果を証悟

するまで、彼の指導の下で修行するべきである。

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ

(つづく)

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<パオ・セヤドー講述「菩提資糧」1999年中国語版→日本語訳出

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>