wong0110's diary

中国語で書かれた仏教書(主にテーラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。+日常の心模様の独り言<是誰庵のひとやすみ>。

☆「掌中の葉」(翻訳文)1-17

たとえば、《清浄道論・第四章》に以下のような重要な解説が書かれている:

「地遍(または土遍)」を修行する時、我々は、心に歓喜を生起させることのできる、どのような主題・テーマまたは概念をも借用することができる。

「土」というこの物質は、我々に以下のような連想をさせる、すなわち:地面、大地(天を戴き、地を戴く)、友愛の大地(大地の如く耐え忍ぶ)、富を齎す者(皇天后土)、無比なる富を隠し持つもの(地以厚徳載物)、または地と相応して、あなたを啓発することのできる主題または概念。

このことから類推して、その他の業処を修習する時も、かくの如くであるようにする。

◆結論:

(一)定を修習する時、あなたの心は将に、平等に、正確に単一の目標(所縁)に向かっている。あなたが活動的で活発な心を維持し、毎日、修行の目標に対して、調和のとれた交流を行うならば、それがここで言う所の「平等に専注する」ということである。

(二)正確に専注する:あなたの心が単一の主題、テーマを巡って正確な軌道に沿って前進するならば、それはここで言う所の「正確な専注」である。

(三)単一の目標(所縁):単一の目標を、単一の<もの>であると思うのは間違いであり、更に間違っているのは、物質的な目標であると考える事である。

それは一個の主題、テーマとして見做す必要があり、心境の変化に伴って、種々の異なる風貌・様相が出現するものでなのである。

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。(1-18につづく)

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<「掌中の葉」(シッダッタ学院)中国語版→日本語訳出

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>