Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 2018年8月10日の翻訳をもって翻訳ワークは終了しました。                     コメント欄は利用OKですが、リトリートに入っている時は回答しません。。

☆「掌中の葉」(翻訳文)5-24

    <Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

(三)それを無視する(それを忘れ、二度とそれに注意を払わない)

何事もなかったかのように、それをおのずから、あるがままに、生・滅させる。

これは非常に有効な方法である。

というのも、無視をすれば、五蓋の生起を自然に弱体化させることができるが故に。

これはちょうど、子供を躾けるのとよく似ている。

子供がライターで遊んでいる時、我々はその注意力を逸らすために、安全な懐中電灯を渡したりする。

もし、彼が満足しないならば、我々は、その時初めて、ライターの危険性を説明し、かつ、わざと彼を、火のついたライターに、近づけたりする。

もし、このようにしても、彼を脅かすことができないのであれば、後は彼をほおっておくのがよい。

彼は駄々をこねるかもしれないし、地面に転がって泣くかもしれないが、キーポイントは、ほおっておく事である。

暫く経つと、彼はつまらなくなり、欲念も消え去り、他のおもちゃを見つけて、遊ぶであろう。

もし、無視してもなお、邪悪な不善心が継続して生起するならば、彼は、以下のように実践するべきである;

(5-25につづく)

    <Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は

<菩提樹文庫>まで。ご協力、よろしくお願いいたします。

<「掌中の葉」(シッダッタ学院)中国語版→日本語訳出

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>