Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

是誰庵のひとやすみ~すべて世は事もなし

今日、ひと月に一度飲む、骨を強化するお薬を貰いに、

病院に行きました。

私「いつもの骨のお薬をお願いします」

受付嬢「目の薬・・・ですか?」

私「・・・(この病院に眼科はないはず。この受付嬢は何を馬鹿な事を)」(で、私は、ちょっとムカっとする「自分の病院の診療科目くらい覚えておいてよね!」)。

受付嬢に一言教訓を垂れようとしたその時、私は気が付いた。

自分自身の身体が燃えている(笑)。

正念正知で身体を覚知すると、身体の細胞が興奮して、ボーボー燃えているのですね。

私「こりゃいかん。受付嬢の教育するより先に、自分の家の火事を消さなくては・・・」

いわゆる<火宅>というヤツです。

心を内に向けて、燃えている身体を観察していると、火はすぐに消えました。

この世の現象は皆、無常ですから、正念正知があれば、大丈夫、必ず消えます。

すべて世は事も無し。

家に戻って仏教書を調べてみると、瞋恚の起きたことを知って後に、正念正知を保つのは、果中滅因というのだそうです。

怒りという結果は出てしまっているけれど、その結果に引きずられず、果の消滅を得る、という訳です。

これが達人になると因中滅因、怒りや貪欲はほぼ出現しないようにすることが出来る。

仏陀が経典で述べている「見る時はただ見るだけ。聞くときはただ聞くだけ。知覚されたものはただ知覚されたもの、思われたものはただ思われたもの」という事を実生活で応用した、という訳です。

毎日地道に修行あるのみ。