Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

「身念処」4-2

    <Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

4-1 総論

Vipassana修法は、七清浄、16階智、三解脱門(涅槃へと導く方式)、四念処など等を含む。ただし、上記の中で、真正に身念処に関連するのはーー特に四つの主要な姿勢と二次的な姿勢である。

その他の念処の修法ーー受念処、心念処、法念処ーーの修法は同じである。

16階智と七清浄もまた同じで、功徳も利益も同じであるが、ただ所縁に変化があるだけである。

しかし、受、心、法を念処とする修法は、その所縁が複雑である。受念処には九種類の受を観照しなければならない:苦受、楽受、捨受など等。

心念処は16の心を観照しなければならない:善心、不善心、定心など等。

法念処は、五蘊、六根、五蓋等を所縁とする。

こうした事から、修行者が、受、心、法を所縁として修習するのならば、注意が必要である。

たとえば、愛の受が生起した時、修行者は、この聚を理解、了解しなければならない。しかし、その為に修行者は、この受に執着する事があるかも知れない。

そのようであれば、修行者は、念住に到達することが出来ない。というのも、念住は、中道を通して実践されるものであるが故に。

もし、好きまたは嫌いが生じた時、修行者は、中道の実践ができない。

故に、修行にとりかかる前に、このことをよく理解しなければならない。そうでなければ、修行が正しく実践できなくなるからである。

(4-3につづく)

   <Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

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<原題「身念処」Vipassana Bhavana 第二版 アチャン・ネン著

中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>