<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>
第三章 総論
今、我々は《大念処経・入出息念の部分》の教えに基づいて、簡単にその意味と段階を追って修行する順序について解説した。
<序論>の部分において、我々はすでに、涅槃を証悟するために必要とされる、仏陀の指導した所の四項目の任務について検討した;
[1]苦聖諦は如実に証悟されなければならない。その意味は、五取蘊を遍知しなければならない、という事である。
[2]苦集聖諦は如実に証悟されなければならない。その意味は、正順に従って縁起を、如実に証悟しなければならない、という事である。
[3]苦滅聖諦は如実に証悟されなければならない。その意味は、逆順に従って縁起を、如実に証悟しなければならない、という事である。
[4]苦の滅に導き至る道聖諦は、如実に証悟されなければならない。その意味は、止と観(=サマタとvipassanā)を修習する必要がある、という事である。
<序論>において、我々はまた仏陀の述べた、この四項目の任務を完成させるための唯一の道について検証をした。
彼は《大念処経》の中において、真っ先に以下の如くに解説している:
【比丘たちよ。
これは唯一の道である。有情を清浄し、愁と悲を超越し、苦、憂を滅し除き、如理を得達し、涅槃を現証する。それはすなわち、四念処である(cattāro satipaṭṭhānā)。
<序論>の中において、我々はまた、《増支部・ウッティヤ經》の中の、アーナンダ尊者が涅槃の ”一つの門” を四念処の事であると解説している件について研究をした。
四念処とはすなわち四種類の随観である:
(1)身随観(kāyānupassanā)
(2)受随観(vedanānupassanā)
(3)心随観(cittānupassanā)
(4)法随観(dhammānupassanā)
(5-2につづく)
<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>
(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。
<『涅槃証悟の唯一の道』パオ・セヤドー著 (原題「証悟涅槃的唯一之道」)
中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>