仏子は、教法の中において出家する利益を、確実に獲得する為には、身・心共に、出家しなければならない。
一人の人間が、ただ、身体の剃髪得度を完成したものの、いまなお、在家の心でいるならば、彼の出家生命は、楽しいものにならないし、彼はまた、己自身がなぜ出家したのか、という(疑惑から、出家の)楽しみを体験することができない。
彼は、戒律を守る事は、悩ましいことであると見做す。
彼は、毎日二回、または三回、三宝に礼拝する事、僧人としてのスケジュールを順守し、仏法を学び、禅修行をする事などの、諸々の修持を、意義のないものと見做し、その為に煩悩にわずらわされる。
(5-6につづく)
<願以此法布施功徳、早日証得涅槃楽>