Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 2018年8月10日の翻訳をもって翻訳ワークは終了しました。                     コメント欄は利用OKですが、リトリートに入っている時は回答しません。。

ブッダダーサ尊者著「無我」(翻訳文)ー11

(一)ある一派は、仏教は「自我」があると主張している。その上、仏陀は、人々にそれを追及するように言い、それに依拠せよと言ったのだ、ともいう(以後、この派を「有我論者」AttāvadĪと呼ぶ)。

(二)もう一つの派は、仏教「無我」を主張していると言い、かつ、仏陀はそれを追及しなさいなどとは言っていない、反対に、我々に「自我感」または「自我」に関連する感覚を滅するように言い、そのようにすれば、我々は(+何らかの)庇護を追い求めることはなくなり、苦痛の中から解脱することができるのだ、と主張している(この派は「無我論者」AnattavādĪと呼ばれている)。

最後に我々は、双方の論争の焦点とは、「自我」か「無我」か(いわゆる「論争の争点」と言っても、双方の異なる観点の事を言い、喧嘩腰に言い争っているわけではない)にあることを確定することができる。

次に、我々は、この問題に深く分け入り、双方の持論の原因・理由を検討する。

以下の章において、私は、この、人をして困惑させる難題について、私自身の考えを表明してみたいと思う。

(+ )(= )訳者。(つづく)

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ブッダダーサ尊者著「無我」中国語版→日本語訳出

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>