Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 2018年8月10日の翻訳をもって翻訳ワークは終了しました。                     コメント欄は利用OKですが、リトリートに入っている時は回答しません。。

ブッダダーサ尊者著「自我」(翻訳文)ー24

最初、人は、心・身の結合をもって、一人の

個体となる。その後に、人は、それが

「自我」ではないことをはっきりと知り、

それを解消して、「無我」の境地に到達し

たいと思う。

しかし、いまだにいくつかの微妙な間違った

概念を持つ、無明なる人々について言えば、

この境地をもまた「自我」であると

認定するのは、ありえる話である。

ゆえに、このような境地は、更に一歩進んで

取り除かなければならない。

しかし、一人の人間が、本当に最も究極的な

境地に到達したならば、または、完全に

苦痛を止息したならば、このような事柄は

発生しない。

故に、涅槃を「自我」の本質だと見做す事は、

仏陀の考えでは、ない。

それは、仏陀より少し前に存在した宗派の

観点である。

仏陀が入滅した後、一部の仏教徒は、

改めて、この間違った観点を、仏陀の考えだ

と宣揚した。

今日に至るまで、ある種の人々は、この種の

陳腐な観点に追随し、または何かの利益の

ために、この種の観点を仏陀の教えだと

主張している。

(+ )(= )訳者。(つづく)

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ブッダダーサ尊者著「自我」中国語版→日本語訳出

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>