Sayalay's Dhamma book

仏教書の翻訳は2019年夏をもちまして一旦終了しましたが、2020年発生しましたコロナ禍により、修行者独習に供する為、『親知実見』を翻訳しています。過去に訳出した23冊は<菩提樹文庫>にて閲覧できます。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

是誰庵のひとやすみ~遺骨とお墓

昨日、セーターが一枚、編み上がりました。

以前買っておいた柔らかいアルパカの糸、白黒二本取りで編んだのですが、関東にいる孫の為の、小さなセーターです。お雛様に向けて、つるし飾りを幾つか作って、一緒に送ってあげようと思います。

私には息子が二人います。

長男には「人生、困った時は瞑想しなさい」と伝えてあります。

今の所彼は、仕事と育児に忙しく、瞑想には余り熱心ではないようですが、人の生き方に口出ししないのをモットーとしている私、同じことを何度もいうのは、控えるようにしています。

次男はカメラマンで、よくインドに出かけ、佐々井秀嶺さんとは知り合い、というラッキー・ボーイ。私に言われなくとも、インドに行った時は、どこかの瞑想センターで瞑想しているようです。

先日、次男に「お母さんが死んだら、献体する事になっているので、後の事は大学に任せて。以前『遺骨は散骨を希望』と言ったけど、献体する大学には<合同慰霊塔>がある事が分かったので、遺骨は、そこに放り込んでもらって」と言いました。

次男「いや~~、そこまでせんでも。お兄ちゃんと相談して、散骨するから。おかあちゃんは以前『散骨希望』っていってたじゃん」

テラワーダでは、遺骨に何の意味も価値も見出さないので、私は<慰霊塔>放置でいいのです。

戒名も、生きている内に、五戒~8戒~10戒~227戒を受けた出家者が、戒師につけてもらう、僧院で使う<あだな>です。

死んだ後に、つけてもらうものではありませんし、ましてやお金(お布施)で買うものでもありません。

余り苦しまないように死んで、善趣に往生し、遺骨は捨ててもらう(散骨業者に頼むのではなくて)。

これがテラワーダ仏教徒である、私の希望です。

        <緬甸パオ森林寺院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay>