Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

『涅槃証悟の唯一の道』パオ・セヤドー著(3-35-a)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

<注20>《増支部・修定經》(Samādhibhāvanā Sutta)の中においても、類似した教えが登場する。

仏陀は以下の様に述べている:

”比丘たちよ。

この定の修習は、多く修習すれば、諸々の漏の滅尽へと導く事ができる(āsavānaṃ khayāya saṃvattati)。”

《相応部・基瓦マンゴー林定經》(Jīvakambavanasamādhi Sutta)では、仏陀は、同じ様に述べている:

”比丘たちよ。

定の修習をするべきである。

比丘たちよ。

定力のある比丘は、如実に(+物事への理解が)明確になる(Samāhitassa、bhikkhave、bhikkhuno yathābhūtaṃ okkhāyati)。

何が、如実に明確になるのか?

眼の無常が、如実に明確になる(cakkhuṃ aniccan'ti yathābhūtaṃ okkhāyati)。

色の無常が、如実に明確になる。

眼識の無常が如実に明確になる。

眼の触の無常が如実に明確になる。

どの様な、眼触を縁として生じた楽受、苦受または不苦不楽受も、またその無常も、如実に明確になる。”

仏陀は、引き続き解説して言う:

定力によって、耳、鼻、舌、身体、意及びそれらと相応する所縁、相応する識、触、所縁によって生じる受の無常もまた、如実に明確になるのである。

(3-35-bにつづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。

<『涅槃証悟の唯一の道』パオ・セヤドー著 (原題「証悟涅槃的唯一之道」) 

中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>