<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>
<注14>名色(nāmarūpa)という単語は、異なる文脈の中において、異なる意味をもつものである。
縁起の一支としての場合、名色は通常、結生識の縁によって<有>る(同時に生起するもの)ものである、と言われる。
例えば、《相応部・識経》(Viññāṇa Sutta)の中で、仏陀は、結生識を生じることができる業は ”諸々の順結法(saṃyojaniyesu dhammesu)に対応する所の随観楽味(assādānupassino)”
であると述べている。
というのも、この種の業があって初めて、”識による下生がある(viññāṇassa avakkanti hoti)”が故に。
識の縁によりて名色があり(viññāṇapaccaya nāmarūpaṃ)、名色の縁によりて六処あり・・・”
この経においては、名はただ受、想、行の蘊をのみ指している。
(3-28 - bにつづく)
<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>
(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。
<『涅槃証悟の唯一の道』パオ・セヤドー著 (原題「証悟涅槃的唯一之道」)
中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>