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結び
上に述べた様に、慈心の修習、仏随念、不浄の修習、死随念、というこの四種類の業処は、四護衛禅または四護衛業処と呼ぶ。というのも、それらは禅修行者が種々の危険に遭うのを防ぐことができるが故に。
《小部・美奇亜経》の中において、仏陀は以下の様に言う:
”Asubhā bhāvetabbā rāgassa pahānāya、
mettā bhāvetabbā byāpādassa pahānāya、
ānāpānassati bhāvetabbā vitakkupaccedāya.”
「貪愛を捨断するためには、不浄を修習しなければならない。
瞋恚を捨断するためには、慈心を修習しなければならない。
尋(妄想)を捨断するためには、入出息念を修習しなければならない。」(U d.31;A. 9.3)”
この経文に基づくと、不浄の修習は、貪欲を取り除く、最も佳い武器であると言える。
もし、死体を所縁として、かつ、それを厭悪として見做すならば、これを無意識の不浄(aviññāṇka asubha)と呼ぶ。衆生の32身分を所縁として、それを厭悪と見做すならば(例えば《増支部・吉利馬難徳経》(Girimānanda Sutta)<注139>の中において指導されている)、それは有意識不浄と呼ばれる。
この二種類の不浄の修習は、皆、貪欲を取り除く武器である。
瞋恚と怨恨を取り除く最も佳い武器は慈心の修習であり、燦爛を取り除く最も佳い武器は入出息念である。
また、禅修行者の信心(=確信、自信)が後退し、心内が殺伐とする時、最も佳い武器は、仏随念を修習する事である。
悚懼感が不足する時、かつ、禅の修行に努力する事に飽きた時、最も佳い武器は、死随念である。
本日、我々は、如何にして四梵住と四護衛禅を修習するかを解説した。
次回の法話では、我々は、四界差別(四界分別。以下同様)を基礎にして、如何にして観禅を修習するか、及び各種の色法の分析について、説明する。
<翻訳文責:緬甸パオ森林僧院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay般若精舎>