1、眼識と捨具行:
すなわち、捨具眼識という意味である。
故に、我々の眼識は、果報心であると言える。
一歩、家を出て、喜ばしくない所縁を見た時、例えば、目の前に、糞便がころがっていたとして、その時、不善捨具眼識が生じる。
これは、過去の悪業によって生じた所の果報である。
しかし、理解し、覚えておくべき事は、眼識の生起は、ただ一個の心識刹那であり、目が、喜ばしくない所縁を見るのは、あなたが過去においてなした所の、不善業(が原因)である。
目の前になぜ、糞便があるのか、と不思議に思わない事。
これは一個の例であるが、他に、目が常時、不善な所縁を見た事が原因で、生起する所の不善眼識は、非常に多い。
これらは、みな、過去の業が熟したことと関係がある。
(3-88につづく)
<願以此法布施功徳、早日証得涅槃楽>