同様に、狐とは我々の煩悩の如くで、我々の正念が無くなり、5根の緩まる時を待って、煩悩は我々に噛みつくのである。。。。。 心の反応は非常に速く、外境に触れるや否や、即貪、瞋恚を起こす。その迅速なこと……ただ我々には、それを観察することが出来ないのである。。。。。。。 食事の時、味が舌を衝撃する際、心は必ず反応する。しかし、正念が強くない事が原因で、その時非常に多くの貪欲と瞋恚が生起している事に気が付かない。。。。。 同様の道理で、心を一つの業処に繋ぎ止めて置かないのであるならば、煩悩は、目、耳、鼻、舌、身体と意を通して、あなたを攻撃する。これが「根門を守る」意義である。。。。。。。。 先に述べた Tissa 比丘は、いつも業処と共に托鉢した。故に、婦人が彼に向かって笑いかけても、欲念は生起しない。というのも、彼の心は既に業処を守っているのであるから。。。。。。 この様にして初めて、未だ生起しない悪法の生起を、防止する事ができる。