Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

「テーラワーダ仏教在家居士帰依戒律ハンドブック」2-20

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

(所応行帰依の対象に関する説明)

所応行(gamanīya)(帰依の対象)という表現に対して、(反対者)は非難して以下のように言う:

「私は仏に帰依する(Buddhaṃ saraṇaṃ gacchāmi)」という言い方は、仏陀に帰依する者が、仏(buddhaṃ)の所へ行く(gacchāmi)という言葉を使って、その事が、表現されているのであるが、それは、一句の中において、二つの場所の事に触れているので、意味がない、と。

なぜであるか?

もし、行く[往趣(gamana)]の動詞に、二個の受動詞がある時、たとえば、「彼は羊を連れて村に行く」などのようなものは、諸々の文法家は、二つの受動詞を使うのを嫌い、ただ「彼は東に行く、彼は西に行く」という言い方がよいと言う。

(答)そうではない。同一の使役動詞は、仏と帰依を表しているのではない。例えば、同一の使役動詞のおいて、それらは(仏と帰依の二個)という意味を持つならば、仏陀の住まいに行こうとしている者は、帰依する事も成り立つのである。

故に、すでに帰依した者は、それは、唯一殊勝なる、「仏陀」にのみ帰依したのである。

(2-21につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。ご協力、よろしくお願いいたします。

<「テーラワーダ仏教在家居士帰依戒律ハンドブック」

中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>