パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」(翻訳文)~5-10
もし、呼吸がいまだ微細になっていないならば、あなたは「呼吸が微細になるように」という願いをもって、(+安般念を)実践するのがよい。
このような実践を通して、あなたの定力が向上する時、呼吸は微細なものへと変化する。
この時、あなたは、長い息、全息と微細な息を知りたいという、強烈な願いを持って、同一地点を通過する息の最初から最後までを、専注しなければならない。
もし、このように修行を実践することができるながら、あなたはジャーナの証悟に成功することができる。
ある時は、短い息、全息と微細な息という、この三段階の合一になることも可能である。
その時、あなたは、同一地点を通る微細で、短い全息に専注しなければならない。
故に呼吸が長くて微細な時、あなたは、長い息、全息と微細な息を、同時に専注しなければならない。
呼吸が短い時、あなたは、短い息、全息と微細な息を同時に専注しなければならない。
もし、十分に足りる、強力な願望と喜びでもって、このように修行するならば、あなたの定力は向上する。
《清浄道論》は、この種の組み合わせを「相続」と呼んでいる。定力が向上する時、呼吸もまた益々微細になる。その時、呼吸がはっきりしなくなったということについて、失望したり、憂慮したり、不安になったりする必要はない。
そのようにすると、あなたの定力は減退する。
実際、呼吸がますます微細になることは、よい現象なのである。
どうしてか?
あなたの定力が相当定語にまで上昇すると、禅相が出現するが、その時、あなたの心は、自動的に禅相に専注するようになる。その時、あなたの呼吸が非常に粗いならば、それは、あなたの禅相への専注を干渉し、あなたの心は、一時、呼吸に注意を払ったかと思うと、次には禅相に注意を払うようになり、このようなことから、あなたの定力は、更に一歩進んで向上することができなくなる。
このことから、呼吸がますます微細になる時、あなたは喜びを感じなければならないのである。
(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。(5-11につづく)
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<パオ・セヤドー「顕正法蔵」2008年中国語版→日本語訳出
翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>