大昔、と言いましても、30年ほど前ですが、上座部仏教系の某僧侶から、お腹の起伏を観察して、「(お腹が)ふくらんだ」「(お腹が)縮んだ」とラベリングする、ラベリング瞑想法を教わった事があります。
己自身のお腹が、ふくらんだり、縮んだりする事も知らずに、40年生きてきた私は、「おお、これこそが、vipassanā なんだ」と大いに感激したものです(僧侶に、ラベリング瞑想法こそが、仏陀の教えし vipassanā であると、説明されたため)。
しかし、半年程経って、なんだか飽きてきた~笑。
お腹がふくらんだり縮んだりするのは、私が、生きて呼吸しているからであり、全くもって「それがどうした?」の心理状態に、なってしまったのです。
そこで、ラベリングが上手くなった修行者は、これから先、どの様な修行をすればよいのか、何か他の修行法に転換するのか、僧侶に訊ねた所、その答えは:
「初心者は、そんな先のことなど、心配しなくてよい」
でした。
今、毎日、パオ・セヤドーの著書「顕正法蔵」を翻訳していますが、もう、本当に、びっくりする事が、多々、書いてあります。
本日の翻訳文を一部抜粋してみると・・・
《全身に分布する性根色を観察した後、次は、有分に専注し、その後に有分と意識界を支える色聚を識別する・・・云々》。
えぇぇ~??
いまだ、このレベルに到達していない私は、翻訳していながら、「顕正法蔵」に書かれている事が、さっぱり分かりませんが、しかし、とても大切な、究極の教えなのだろう、という事は分かります。
一度四禅に入り、その後に四禅から出て、色聚、色法、名法の(無常・苦・無我の)観察をする(止観行者)。
禅定(初禅~第四禅)に入らないで、いきなり色聚を観察したい人は、近行定から四界分別観を修習する(純観行者)。
この二つの道が 真正の vipassanā なのです。
Vipassanā とは、言葉による概念を超えていく
修行です(すなわち「言語道断」)。
みなさまも、「智慧の光」(パオ・セヤドー著)、
『禅修指南』(Ven. U Puññānanda著)と、現在翻訳中の
「顕正法蔵」を参照されて、是非、真正なるvipassanā に出会って下さい。
<緬甸パオ森林僧院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay般若精舎>