<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>
上記の、《増支部》の中の経文と、《清浄道論》の補足から、我々は、以下のような、非常に重要な結論を、得ることができる:
(一)定の修習において、最も基本的な要素とは、煩悩のない心であり、その他の基本的要素としては、愉快(=愉快な楽しさ)、喜悦、軽安であり、最も直接的な基本要因としては、快楽(=楽しい)、である。
(二)(+我々に)懊悩がないという事だけでなく、その他の要因においても、愉快を促進させることができる。たとえば、美しい花を観賞する、良い仏法の開示を聞く、などである。
同様に、愉快以外に、その他の要因においても、喜悦を促進することができる。
同様の原理は、軽安、快楽にも応用できる。
(三)故に、戒徳を育成する以外に、良い教師は、まず先にあなたに、愉快であること、喜悦、軽安、快楽を教える、善き方法を持っているものである。
(四)愉快などの要因を生じせしめる手助けになる方法とは何か?
1、心霊をリラックスさせる練習:
己自身を波だと想像したり、水面に浮かぶクラゲだと想像したり、また、美しい夕日を観賞する、等。
2、身体をリラックスさせる練習:
気功、ヨガ、経行(=歩く瞑想)などの運動を行う。(2-44につづく)
<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>
(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。
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<「掌中の葉」(シッダッタ学院)中国語版→日本語訳出
翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>