翻訳『親知実見』#31-12(170/446)
問3-8:臨終の時、もし、一人の人間に、非常に強い正念のある時、彼は過去の、善・悪業の業相(kammanimitta)が生起するのを避ける事ができますか?<注146>
答3-8:強くて力のある正念は、この種の業相が生起するのを防ぐことができる。しかし、何をもって、強くて力のある正念と言うのか?もし、禅修行者がジャーナに入ることができ、かつ、完全にそれを安定したまま、死亡の時まで維持できるならば、あなたは、この種のジャーナ正念は強くて力のあるものである、と言える。
この種の正念は、不善の映像(イメージ)または欲界の善相が出現するのを防ぐことができる。それは、唯一、ジャーナの所縁をのみ対象に取る、例えば、入出息似相または白遍似相を。
もう一つ別の強くて力のある正念は、観智と相応する正念である。
もし、禅修行者の観智が行捨智(Saṅkhārarupekkhāñāṇa)であり、かつ、観の修習が臨終の刹那まで継続する時、彼の臨終速行は、強くて力のある正念と相応した観智となる。
この種の正念もまた、不善の映像が出現するのを防ぐことができるが、同時にまた、その他の善相が、観禅の相とすり替わるのを防ぐことができる。
観禅の相とは、彼が観照する為に選択した所の、行法の、無常・苦・無我の本質である。
彼は、この種の相をもって、その臨終速行(maraṇāsannajavana)の所縁として、死ぬことができる。
それは、天人に生まれる結生心(paṭisandhicitta)を生じせしめることができると共に、この事が因となって、即刻、天人に生まれ変わることができる。。