Sayalay's Dhamma book

長年、当ブログにおいて逐次公開しましたテーラワーダ系仏教書翻訳文は、<菩提樹文庫>にてPDF版として、正式に公開されています。<菩提樹文庫>WEBをご閲覧下さい。

2018-11-01から1ヶ月間の記事一覧

般若の独り言~変容(変熔)

このブログを読まれている読者の皆さまは、テーラワーダに出会って「ああ、もしかしたら、この人生の苦しさから抜け出せるかも知れない」とお考えでしょうか? ゴータマ仏陀は、人間の意識、実存に関して、極めて高度な洞察、悟りを得て(正等正覚)、それを…

スポット翻訳【般若の智慧のなかりせば】(J-3)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 七覚支の内、三種類は因で、四種類は果です。 三種類の因覚支は、念、択法と精進です。 あなたはこれらの覚支を ”インプット” して、能動的に修習することができます; 四種類の果覚支は、喜、軽安、定と捨で、我…

スポット翻訳【般若の智慧のなかりせば】(J- 2)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 我々に、なぜ択法の能力が、あるのか? それは、情報によってもたらされる。 その為、我々には、大量の正しい情報が、必要なのです。 この種の基本的知識を保有したならば、我々は、如何に思考すべきかを、知るこ…

スポット翻訳【般若の智慧のなかりせば】(J-1)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (原文P213) 禅修行者: 禅師、あなたは<智慧でもって観照する>という文章の中で、択法について述べていますが、択法自身と、その重要性について、解説して頂けますか? 禅師: vipassanā の修行は、智力によ…

般若の独り言~nimittaについて

Nimitta が出ない 出ないと お嘆きの諸兄へ 皆さまもご存じの通り、パオ・メソッドの肝は、nimitta(禅相)です。 nimittaがでなければ、延々と<止>の修習をして、vipassanā に進む事はできません(近行定レベルで行う四界分別観は、<止>の完成を要求さ…

スポット翻訳【般若の智慧のなかりせば】(I)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (原文205) 禅修行者: もし、慧と信のバランスが悪い時、多くの問題が生じますが、信が薄弱な時は、疑惑が出てきませんか? 禅師: その通り! 五根は、共に運用されるべきであり、その中の一つだけが突出して…

スポット翻訳【般若の智慧のなかりせば】(H)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (原文P204 ) 禅修行者: 禅師のもう一つの著書《煩悩に嗤われる時》の中で、禅師は信(saddhā)について、ほとんど語る事がありませんでした。 ここにおいて今、信について、その意味とその重要性について、説…

『涅槃証悟の唯一の道』 パオ・セヤドー著(3-18)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> <注7> 捨離=ジャーナ;義註では、以下の様に解説する: ”身軽安” は、名身(nāmakāyo)の軽安。 ”覚楽” は、身と心所の楽しさを経験する事(kāyikampi cetasikampi sukhaṃ)。 ”心の定の獲得” は、出離による…

『涅槃証悟の唯一の道』 パオ・セヤドー著(3-17)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 多くの経典の中において、仏陀はこの五蓋は、定と慧の障礙になる為、それら(注8ママ)を捨離しなければならない、と述べており、かつそれは近行定または安止定(初禅)によって捨離するのであると・・・。 仏陀は…

『涅槃証悟の唯一の道』 パオ・セヤドー著(3-16)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> ”1)彼は世間に対する貪愛を捨離し、貪を離れた心でもって住し、心を貪愛の内から、浄化させる。 2)悩害(=悩みと悩みによって起こる害)、瞋恚と怨恨を離れ、瞋のない心で住し、一切の有情と生類を慈しみ、憐…

『涅槃証悟の唯一の道』 パオ・セヤドー著(3‐15)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 止観 例えば、我々は、仏陀が《長部・沙門果経》(Sāmaññaphala Sutta)の中で、未生怨王(Ajātasattu)に、比丘の禅の修行に関しての説明をする時、”止” と ”観” という言葉を使ってはいなが、しかし、実際には…

スポット翻訳【般若の智慧のなかりせば】(G)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (原文P176) 禅修行者: あなたは、我々はそれほど努力しなくても、非常に多くの対象を、覚知できると言います。 それはどういう事ですか? 禅師: あなたの覚知が、益々長時間持続できるようになった時、あなた…

『涅槃証悟の唯一の道』 パオ・セヤドー著(3‐14)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 《増支部》の義註では、智の証得によって観を修習する事の意味は、諸行への観智(+の能力)を育成する事だ、と述べている。 それはすなわち、己自身自ら証得した所の智でもって、究極色法、究極名法及びその因を…

スポット翻訳【般若の智慧のなかりせば】(F)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (原文P196) 禅修行者: 涅槃とは何ですか? それは、どの様にして生起しますか? 禅師: 仏陀は以下の様に言います: 貪・瞋・痴のない時の心はすなわち、涅槃である、と。 言い換えれば、一粒の、煩悩のない心…

スポット翻訳【般若の智慧のなかりせば】(E)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (原文P89 ) 禅修行者: 私はどのようにすれば、己に、般若の智慧が生起した事が分かりますか? 禅師: あなたは非常にはっきりと、明晰・明確に、分かります。 あなたは ”ああ、今、自分は腹の底から分かった” …

スポット翻訳【般若の智慧のなかりせば】(D)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (原文P81) 禅修行者: 我々は、日常生活の中で、どのようにして覚知を維持し続ければよいですか? 禅師: あなたには、一定程度の般若の智慧が必要ですし、いくらかは、修行が齎す利益も、理解する必要がありま…

『涅槃証悟の唯一の道』 パオ・セヤドー著(3-13)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 例えば、仏陀は《増支部・証智経》(Abhiññā Sutta)の中において、以下の様に述べる: ”比丘たちよ。 どの様な法が、智の証得を通して、修習されなければならないか? 止と観である(注5)(samatho ca vipassan…

『涅槃証悟の唯一の道』 パオ・セヤドー著(3-12)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 四種類の任務(法随観法ーー四聖諦) 仏陀は《大念処経・法随観》の中で、四聖諦の証悟に関しての説明を(+以下の様に)している: 【次に、比丘たちよ。 比丘は、四聖諦に対しては、法随観法において住む。 比…

スポット翻訳【般若の智慧のなかりせば】(C)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 禅修行者: あなたは禅の修行者に、己自身の体験は、単なる ”自然なるもの” に過ぎないと説明し、また、その様に励まします。 どうしてあなたは、”これら一切は自然現象である” と 言い ”無我”であると、言わない…

『涅槃証悟の唯一の道』 パオ・セヤドー著(3-11)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 次に、まさに上に述べた《大六処経》の様に、仏陀は己自身自ら証悟した智でもって修習するのは止(samatha)と観(vipassanā)であると強調しているのであるから、我々は、八支聖道とは、止と観であると知ること…

スポット翻訳【般若の智慧のなかりせば】(B)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 修行者: 私たちは無意識における習慣的な心で、何事かを為します。 禅の修行における心は、新しい習慣を学ぶよう努力します。 この二者は矛盾があり、衝突します。 一心に専注する以外に、この矛盾・衝突を解決…

スポット翻訳【般若の智慧のなかりせば】(A)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (P15,16 ) 禅師: あなたは、覚知(=awareness。以下同様)のある状態と覚知のない状態の、二者の区別が、分かっていますか? 修行者: 私は覚知のある時は、何が生じているかを知っていて、どのように処理す…

『涅槃証悟の唯一の道』 パオ・セヤドー著(3-10)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 苦の滅に導き至る道聖諦は修習されなければならない 苦の滅に導き至る道聖諦とは、すなわち八支聖道(aṭṭhaṅgika ariyamagga)である: 1、正見(sammā-diṭṭhi) 2、正思惟(sammmā-saṅkappa) 3、正語(sammmā-v…

『涅槃証悟の唯一の道』 パオ・セヤドー著(3-9)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> ”比丘たちよ。 苦滅聖諦とは何であるか? 無明滅するが故に行滅し、 行滅するが故に識滅し、 識滅するが故に名色滅し、 名色滅するが故に六処滅し、 六処滅するが故に触滅し、 触滅するが故に受滅し、 受滅するが…