wong0110's diary

中国語で書かれた仏教書を日本語に翻訳して公開。+日常の心模様の独り言。

☆「掌中の葉」(翻訳文)4-12

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 簡潔に言えば、外見だけで、己自身の性行を判断してはならない。更に良い方法は、一人の他心通を擁する教師を探し、見つける事である。 もし、他心通を擁する教師を見つける事ができないのならば、あなたを善くて…

☆「掌中の葉」(翻訳文)4-11

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (2)瞋行者、覚行者 歩く=つま先を使って、地面を掘るようにして歩く。彼の足は、急ぎ地面を踏み、急ぎ足を上げ、その足跡は尾が長い(足の後ろ側が長い)。 立つ・座る=頑固な姿勢で、立つか、または座る。 …

☆「掌中の葉」(翻訳文)4-9

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (三)尋と痴 いまだ生起しない善法を生起させるために、痴行者は、精進の方法を種々、画策する。 しかし、これらの方法は、彼の成功を助けないだけでなく、却って、彼の成功の障礙になる。 言い換えれば、痴行者…

☆「掌中の葉」(翻訳文)4-10

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 性行の識別方法 威儀与作業(威儀と行い)、 而食及見等(食事や、見る時など)、 於法之現起(法において顕になるが故に)、 弁知於諸行(諸行において識別を得る)。 《清浄道論・第三章・第87段》 《清浄道論…

是誰庵のひとやすみ~「掌中の葉」が続きます

何日か前の<是誰庵のひとやすみ>でお知らせ致しました通り、年末までに「掌中の葉」の翻訳を終わらせたいので、暫くは「掌中の葉」ばかりが続きます(翻訳は割と順調に進んでいて、10月くらいで完了するかも、です)。 パオ・セヤドーの「顕正法蔵」を楽し…

☆「掌中の葉」(翻訳文)4-8

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (二)覚と瞋 この両者は相似ている。 双方とも、所縁に対して、不滋潤(=潤わない事、増長しない事)で、不執着であるという現象を顕す。 覚行者は、善法の中において、所縁に対し、不滋潤であり、不執着である…

☆「掌中の葉」(翻訳文)4-7

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> この時、ヴァッカリは、純粋な信心と、貪念の雑染した信念の違いを、理解した。 彼は、勇敢にも、仏陀への執着を放下し、その為、油然として、堅固で移ろわない、清かな信心が生じた。この偈を聞き終えた後即刻、…

☆「掌中の葉」(翻訳文)4-6

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 性行の同分(=共通、同等)と区分 この六種類の性行において、信行者と貪行者は同分、覚行者と瞋行者は同分、尋行者と痴行者は同分である。 《清浄道論・第三章・第75、76、77段》 性行(性格と行い)の同分と区…

☆「掌中の葉」(翻訳文)4-5

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 【性行の原因】 (訳者注: 以下の★から★までの日本語訳は、原文では表になっています。hatenaの画面では、表の作成ができませんので、箇条書きとしました。) ★ (A)貪行者 (1)宿作の因ーー宿世における良き…

☆「掌中の葉」(翻訳文)4-4

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 簡潔に言えば、もし、一人の修行者が、性行(=性格と行い)という、この課題について、深く思考することができるならば、彼は、修行に関して、多くの迷路を歩かなくて済むし、非常に多くの過失を犯す事も、免れ…

☆「掌中の葉」(翻訳文)4-3

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (仏陀は言う:)「加拉瑪族人よ。伝統であるから、または伝承であるから、または聞いた所による、または典籍に記載されているから、または理屈にあっているから、または推論により、または合理的だと思えるから…

☆「掌中の葉」(翻訳文)4-2

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> これが、なぜ、通常の場面において、大部分の禅師が、ただ、己自身が自ら証悟した(+修行の)道筋しか話せないのか、ということの理由である。 彼らは、己自身の、長年の苦しい修行を通して、最終的に、己自身の…

☆「掌中の葉」(翻訳文)4-1

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 第四章 性行と業処 性行(=性格と行い) 性行には六種類ある。 すなわち、貪行、瞋行、痴行、信行、覚行、尋行であり、簡潔に、六種類の性行と言う。 《清浄道論・第三章・第74段》 《清浄道論》の定義によると…

是誰庵のひとやすみ~蕎麦の実から思う事

先日、水中運動に行きましたら、運動仲間のおばぁさんから「蕎麦の実が欲しい。インターネットで買えないか?」という相談を受けました。 どうやら TV の番組内で、蕎麦の実が体にいいと、宣伝されたようです。 庵に帰って、調べてみましたが、某通販会社で…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-41

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 五、学生の任務の履行 世尊は≪犍度≫の中で、下記のように言う: 「比丘!門人は導師に対して、正務を履行すべし。」 《清浄道論・第三章・第71段》 【学生の任務】 1、教師の日常生活・飲食など、たとえば家屋の…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-40

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 四、己を教師にゆだねる 「尊者、私は今、自身をあなたにゆだねます!」 《清浄道論・第三章・第128段》 もし、己自身を捨てる事が出来ないのであれば、以下のような性質を持つ人間になる。すなわち: 指摘を受け…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-40

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 次に、もし、あなたが仏陀より、自分の方がましであると信じているならば、あなたは通常、自身が持つ枠から、飛び出すことは、非常に困難である。というのも、我々の生命は、自分自身の思想と信念の影響を、深く…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-39

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (+上記の)偈の中の25年とは、彼が、仏陀の侍者として、過ごした時間である。 その間、彼は、初果ソータパナ聖者に過ぎなかった。初果ソータパナは、いまだ貪と瞋の煩悩を断じてはいない。そのため、ソータパナ…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-38

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 三、己を世尊に捧げる もし、あなたが、人のいない辺鄙な所にいて、身の毛もよだつ恐ろしい事態に遭遇したならば、あなたは以下のように、考えるべきである: 「私は、己を仏陀に捧げる明智もないのか?」と。 こ…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-37

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 【引証】仏陀は言う: 定を尊重すると、仏法を久しく住(トド)める事ができるーー《相応部・16迦葉相応・第13経》 「迦葉、五つの事柄は、正法を久住、不衰、不失にする事ができる。 どの五つか? ここにおいて…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-36

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (四)渡り難き暴流を渡る(諸々の漏を、永遠に尽きる為に) 涅槃を証悟するために、あなたは、持続的な、不断の精進力でもって、あなたを三界に絡め取っている堅牢な結(=結び目)を、解かなければならない。 …

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-35

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (二)定を得て智見ママが生じる(殊勝な知見ママ を得る)。 あなたが定力を得た後、定力の光を借りて、あなたは心霊(=心)を導くことが出来、その事によって、肉眼で見えないものが見える(+ようになる)。 …

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-34

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 二、定(と涅槃)を伴う勝解(=優れた見解) 修行における定の重要性を理解した後、一人の学生として、定(と涅槃)に関する優れた見解、定への尊重、定への趣向を具備しなければならない。 【定の利益】 《増支…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-33

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 6、解脱の欠けた意楽者: 私は「真我」の涅槃に回帰したい。 原因:仏法の修行を始めた時、あなたは涅槃を、恒常なる快楽(=楽しい)の楽園だと思っていた。あなたの修行が、高度なレベルに到達した時、あなた…

是誰庵のひとやすみ~翻訳の進捗予定

当翻訳文閲覧の皆様へ 「顕正法蔵」(パオ・セヤドー著)と「掌中の葉」(シッダッタ学院)の拙訳をお読み頂きまして、ありがとうございます。 気が向いた時に、二冊両方共翻訳したり、片方だけを翻訳したりしております。 ほぼ毎日、最低一回は翻訳していま…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-32

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 独居意楽者:更に多くの時間を、深く生命現象の観照に打ち込んで証悟を得るために、私は静かな場所で、独居したいと思う。 原因:他人を理解して支援する事は、増上行の重要な基礎となる。一般的に、このことを理…

是誰庵のひとやすみ~唯我独尊

先日、メールで、こんな宣伝文が届きました。 ★世界初の特製ダイエット・サプリメント。 会員様13万人全員にお分けしたい所ですが、今回は、たった853人のみ、あなたはその853人のうちの一人に選ばれました! いかがですか? 特製のダイエット・サプリメント…

是誰庵のひとやすみ~庭木の断捨離

庭の木々が、エライことになっています。 5月6月と非常に忙しく、7月は梅雨だ、豪雨だ、台風だと、雨ばかり・・・だったので、庭の手入れを怠っていましたら、もう、木々は勝手に、どんどん空に向かって伸びて、その上を、蔓草が傘みたいに覆い被っって・・…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-31

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 5、独居に欠けた意楽者:あなたは現実社会の中において、積極的に、衆生に対して支援・援助しているために、修行することができない: あなたは慈悲心さえあれば十分であり、人々・群衆から離れて禅の修行をしな…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-30

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 4、出離の欠けた意楽者:修行の目的を、名声、富、権力を累積する事に置き、強烈な動機をもって修行する。 原因:聖者と呼ばれる人が、何千何万という信徒と、名声、権力を得ているのを見て、羨望する。世間の色…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-29

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 無痴意楽者:私はこれらの善行と禅の修行を通して、何時の日にか、一切の善を超越し、涅槃を体験したいと思う。 原因:悪業を為さないという事と、積極的に善行をなせという教え以外に、一人の智慧ある人間は、心…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-28

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 3、痴行意楽者:私は心底、善を行い、禅の修行を実践し、その後に悟りたいと思う。 原因:仏法を聞いた後、あなたはようやく、証悟に対する、善行の種を蒔く事の重要性を認識することができた。 故に、あなたは…

是誰庵のひとやすみ~因幡の白ウサギ

↑ 爆睡中のオハナ、3mmカットで、因幡の白ウサギ! 胸の湿疹が悪化しないように、リードは麻ひもに変更。 我が家の愛犬オハナ君、先日散髪(いえ、セレブの方々は、トリミングって言うらしいです~笑)に行きました。 ちょっと遠出して、隣町のトリミング…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-27

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 2、瞋恚意楽者:私はこの世界が好きではない。 原因:あなたが多くの不如意に出会う時、あなたは、世の中のすべてに不満で、世間に対して、怒り、恨む。 または、あなたは人間関係で失敗したことがあり、故に、…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-26

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 1、貪行意楽者:私は証悟しなければならない。 原因:上記(1)の事柄は、元々、既に、非常に執着の激しい人に発生する。 彼は世間的な名声と利益、地位を追求しており、また既に、非常に成功している場合もあ…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-25

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 六種類の行相 六種類の意楽は、諸々の菩薩の菩提を成熟させる: 無貪の意楽を通して、諸々の菩薩は貪欲の禍を見、知る。 無瞋恚の意楽を通して、諸々の菩薩は瞋恚の禍を見、知る。 無痴の意楽を通して、諸々の菩…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-24

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 【引証三】:転輪王が享受する快楽(=楽しさ)-- 《長部第26経・転輪王獅吼経》 転輪王は七宝を擁している。 すなわち;輪宝、象宝、馬宝、摩尼宝、王女宝、侍従宝、参謀宝である。 またその上に、1000人の英…

是誰庵のひとやすみ~檀家制度の廃止

昨日インターネット上のニュースで、埼玉の某寺院が檀家制度を廃止し、自由意思に基づく、自由参加型の「信者制度」を採用し、制度転換をした、という話を読みました(これは成功して、信者が増え、檀家時代よりも葬式も法事も忙しく、収入は 4 倍増だそうで…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-23

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 【引証二】:転輪王の快楽(=楽しさ)は、初果ソータパナの 16分の1 にも及ばないーー《相応部・大品・ソータパナ相応・経一》 転輪王は、人間世界において、四大部洲を統治し、権勢は頂点まで達し、死後、忉利…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-22

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 【引証一】:証悟の楽ーー《律蔵・小品・第七破僧犍度》 釈迦族の跋提王は、仏陀の膝下で出家した後、一回目の雨安居の期間中で阿羅漢果を証得し、三明具足した。 その後、跋提比丘は林の中、木の下、静かな空き…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-21

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 世俗の生活も、同じことである。 我々は、富、権力、家庭が快楽(=楽しさ)を齎すことができると思い、故に、発奮して、真面目に仕事に取り組む。 多くの人々は、徒弟の苦労もいとわず:食べ物も質素で、ベッド…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-20

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> どうして、彼らは、精進心を発揮できないのか? 彼らにどのような問題があるのか? 彼らの問題は、彼らがいまだ徹底的に、苦とは何かを知りえていないという事である。 仏陀は言う: 「私はただ一つの事を教える…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-19

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 一、涅槃の意楽の具足 1、等正菩提 2、パーチェカ菩提 3、声聞菩提、すなわち、阿羅漢(漏尽者)、アナガミ、サカダーガミ及びソータパナ。 《清浄道論・第三章・第128段》 もし、あなたがすでに修行を開始し…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-18

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 仏陀がこのように述べたので、(+その時)既に聖者となっていたヴィサーカーは、二度と悲しむことはなかった。 彼女(+の心)は迅速に回復した。 というのも、彼女の残りの煩悩は、彼女が少なくとも、彼女をし…

是誰庵のひとやすみ~ハコミ・セラピー

昔、大学でユングに出会ったとき、非常に興味を持ちましたけれど、深く研究するまでには至りませんでした。 英語が苦手な私、ユング心理学に使われる、アニマ・アニムスとかのカタカナ用語の洪水が、どうも今一つ・・・でした(西洋の自我の立て方と、東洋の…

パオ・セヤドー講述「顕正法蔵」(翻訳文)5-76

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 同様に、比丘たちよ。 ここにおいて、ある愚鈍な比丘が、行き先への知識がなく、また、欲楽からの完全な遠離、不善なる法からの完全なる遠離がないまま、尋、伺、喜、楽及び静寂で楽の生じる初禅に入り、安住する…

パオ・セヤドー講述「顕正法蔵」(翻訳文)5-75

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 「比丘たちよ。たとえば、一頭の愚鈍な牝の野生牛が、行先への知識がなく、危険な崖のある山の中を歩く事にも慣れていないとする。 彼女は想う:『私がこれまで行ったことのない方角へ行き、これまで食べたことの…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-17

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 学生たちは、彼らの教師の様子をみて、心を痛め、意気沮喪し、教師は彼らと同じ凡夫であると断定し、教師への尊敬心を、喪失することがある。 聖者であっても、心を痛めるということがあることを、 ≪仏陀の聖弟子…

是誰庵のひとやすみ~パイナップルリリー

↑ <パイナップル・リリー>の蕾 一か月ほど前に、ホームセンターで<パイナップル・リリー>の球根が売られていました。 以前、我が家に送られてきた種苗会社のパンフレットで見たことがあって、「あ、これこれ!」という感じで、お買い上げ。 その球根を鉢…

パオ・セヤドー講述「顕正法蔵」(翻訳文)5-74

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 8-7 定に住することを重視すべき では、引き続き、安般念についての解説を続ける。 あなたが、安般念似相の初禅に専注することに到達し始めた時、あなたは常に入定し、不断に、定に住する時間を延ばすようにする…