wong0110's diary

中国語で書かれた仏教書を日本語に翻訳して公開。+日常の心模様の独り言。

是誰庵のひとやすみ~オハナ

いよいよ梅雨の到来で、九州は、今日は午後から豪雨になるとの事。 暴風雨であっても、水中運動だけは欠かせませんが、庭を少し見回ったら、後はオウチで静かに蟄居ですか、ね。 写真は、噂の愛犬オハナ君。 オハナは、佐賀の山の中に捨てられていたペキニー…

是誰庵のひとやすみ~会ってきました

インド仏教界の英雄、佐々井秀嶺師が、四国の過疎村土佐町に講演においでになるというので、はるばる大分からフェリーに乗って、土佐町田井の農業改善センター(講演会場)まで、行ってきました。 途中寄り道をしたので、講演会場に到着したのは、開始時間ギ…

☆「掌中の葉」(翻訳文)1-34

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> これらを除去した後、彼の心の中には、いまだ中等レベルの雑染がある。たとえば、欲望、憤怒、人(=他人及び自己)を傷つけたいという思いである。 熱心で、有能な比丘は、これらの思いを放棄し、駆逐し、廃止し…

是誰庵のひとやすみ~不動心と正念正知(走り書き)

今朝、IT の記事を読んでいましたら、マインドフルネス、すなわち仏教では、<考えない事>をお勧めしている、というお話が、載っていました。 確かに、私たち現代人は、考えすぎてしまって、かえって身動きが取れなくなる場合が多々あり、脳内のおしゃべり…

是誰庵のひとやすみ~近況ご報告

13日、駅前にある絣織専門店に行ってきました。 尼僧になったので、もう絣を着る事はありませんが、店番している人と雑談してきました。 「仏教って何?」と問われたので: 在俗の人にとっては、仏陀の教えた 38 の幸せ(吉祥経)を参考にして、生きるのがよ…

是誰庵のひとやすみ~唯脳論vs唯識論

6月10日付の<是誰庵のひとやすみ>のお題は、「脳にはNoを」でした。 この修行の理念・根拠は: (1)心は一刹那に一つの仕事しかしない。 (2)心は仕事を終えると、エネルギーを使い果たして、消える。 (3)脳は、情報のストレージ、貯蔵庫であり、人…

是誰庵のひとやすみ~定番のピンク

今年、果物の出来は、あまりよくないらしいです。特に、桃、杏、李などがダメなのだとか。 その代り、花は割と順調で、我が家のバラは、次から次へと花を咲かせ、実生のウツギも、白い花をいっぱい咲かせています。 写真は、バラ~~上段がポニカ、下段はラ…

☆「掌中の葉」(翻訳文)1-33

<Idaṃ me puññaṃ nibbānassa paccayo hotu> その後に、鍛冶屋または鍛冶屋の弟子は、金粉を溶炉に入れて、それを、冶金し、精練し、鍛錬する。しかし、彼は、それでも金を炉から取り出さない。 というのも、残渣はいまだ完全には取り除かれてはおらず、(…

是誰庵のひとやすみ~脳にはNoを(無常を観る)

知人の友人が、昔の嫌な思い出に翻弄されて、ウツ気味で入院したとの事。 昔のであっても、今のであっても、嫌な想いに翻弄されない、よい解決方法を一つ、紹介します。 我々は、時々、いや、度々、自分が被った、嫌な思い出を思い出します。 実は、我々は、…

☆「掌中の葉」(翻訳文)1-32

<Idaṃ me puññaṃ nibbānassa paccayo hotu> 【引証】粗い煩悩から微細な煩悩への浄化ーー《増支部・三法集・第100経》 「比丘たちよ。金(鉱)の中には粗雑な物質がある。ちょうど泥と砂礫(+の関係)のように。 鍛冶屋、または鍛冶屋の弟子は、先に金を…

☆「掌中の葉」(翻訳文)1-31

<Idaṃ me puññaṃ nibbānassa paccayo hotu> 浄化の過程 ある種の人々にとって、行道は艱難である。 五蓋等の、敵対する状況の頑強な抵抗の為に、行道は困難になる。《清浄道論・第三章》 人々は、時々、理解できなくなる: ある種の人々にとって、止禅の修…

☆「掌中の葉」(翻訳文)1-30

<Idaṃ me puññaṃ nibbānassa paccayo hotu> 座禅・瞑想(+を意識的に)終わらせる事、すなわち、収功は、気の滞りを治すよい方法である。 この事は、気功の鍛錬を終わらせようとする人が、収功を、必ず行わなければならないのと同じ道理であるが、双方と…

☆「掌中の葉」(翻訳文)1-29

<Idaṃ me puññaṃ nibbānassa paccayo hotu> 方法:心をして、各々の身体の部分について、 一時、(+生じる感覚を)感受せしめる。 ただし、その感受が鮮明であろうが、鮮明でなかろうが、(+心は)そこにとどまってはならず、次から次へと、次の身体部分…

☆「掌中の葉」(翻訳文)1-28

<Idaṃ me puññaṃ nibbānassa paccayo hotu> 【瞑想を終了する方法】 あなたが、心を呼び戻し、かつ、全身の粗さを、一定時間感受した後、内心において、己自身に、以下のように呼びかける: 「願わくば、私が発散した一切のエネルギーが、すべて、我が心内…

パオ・セヤドー講述「顕正法蔵」(翻訳文)5-60

<Idaṃ me puññaṃ nibbānassa paccayo hotu> 捨離随念を通して、たとえば、自分自身お腹がすいている時に、美味しい食べ物を、梵行の友人に布施したことなどを省察する時、喜覚支は生起する。 自分自身には、衆生が天神になることを可能にさせる信、戒、善…

パオ・セヤドー講述「顕正法蔵」(翻訳文)5-59

<Idaṃ me puññaṃ nibbānassa paccayo hotu> 8-6-4-3 喜覚支を生起させることのできる11種類の方法 1,仏随念; 2,法随念; 3,僧随念; 4,戒随念; 5,捨離随念; 6,天随念; 7,寂止随念; 8,粗野な人から遠離する; 9,教養ある人に親しむ…

是誰庵のひとやすみ~ホタルブクロ

今朝、ゴミを捨てに行く途中、石垣に咲いているのを、見つけました。 この中に蛍が入って、ボーと光ると、美しいでしょうね。 そういえば、近くの神社の傍を流れる清流に、もう蛍は出ているでしょう。 今夜、見に行こ!

パオ・セヤドー講述「顕正法蔵」(翻訳文)5-58

<Idaṃ me puññaṃ nibbānassa paccayo hotu> 随喜の言葉を述べた後、樹神は言った: 「尊者、あなた様のような聖者に食物を供養した後、あの老婦人は、一切の苦から解脱するでしょう。」 長老は立ちあがって、扉を開けて外を見ると、時刻はいまだ相当に早く…

パオ・セヤドー講述「顕正法蔵」(翻訳文)5-57

<Idaṃ me puññaṃ nibbānassa paccayo hotu> 大友長老は、農夫洞(Kassakaleṇa)に住んでいた。 彼がたびたび出かけて托鉢する村に、一人の年老いた女性信徒がいて、彼を己の息子のように思いなし、彼を支えた。 ある日、彼女は森へ行く準備をしている時、…

パオ・セヤドー講述「顕正法蔵」(翻訳文)5-56

<Idaṃ me puññaṃ nibbānassa paccayo hotu> 鉢で食を受ける(べき)者になる もし、人が、鉢で食を受ける者になることを思惟するなら、彼は思う: 「あれら、托鉢の食でもって私を支えてくれている人は、私の親戚でもないし、あなたの下僕でもない;彼らが…

パオ・セヤドー講述「顕正法蔵」(翻訳文)5-55

<Idaṃ me puññaṃ nibbānassa paccayo hotu> 四悪道の苦の恐ろしさを思惟する ここにおいて、もし人が以下のように思惟したとする: 「比丘よ、今こそ精進に尽力する時である。 というのも、地獄において、五つの槍で身体を貫かれるなどの極めて大きな苦し…

是誰庵のひとやすみ~行ってきました

福岡の瞑想会も無事終了し、ちょっと一息(私は主催団体の会員ではないのですが、外野から応援していましたので)。 今日は、以前から参加してみたかった<タデ湿原自然観察会>に行ってきました。 場所は大分県九重の長者原。 10時に、長者原ビジターセンタ…

パオ・セヤドー講述「顕正法蔵」(翻訳文)5-54

<Idaṃ me puññaṃ nibbānassa paccayo hotu> 8-6-4-1 択法覚支を生起させる七種類の方法 上記以外に、択法覚支を生起させる七種類の方法がある: 1、パーリ聖典に関する意義の問題を考察し、註疏(=注釈)を学習し、疑問について、教えを乞う。 2、清浄…

パオ・セヤドー講述「顕正法蔵」(翻訳文)5-53

<Idaṃ me puññaṃ nibbānassa paccayo hotu> ここにおいて、択法、精進と喜という、この三種類の覚支の育成については、それらの各々の栄養(または因)を如理作意することを通して、理解するべきである(+と、私は主張する)。 というのも、仏陀は以下の…

是誰庵のひとやすみ~来たりて見よ

5月の27日と28日、福岡は糸島の福祉系施設を会場にして、緬甸(=ミャンマー)のパオ森林寺院で実践されている瞑想方法を紹介する瞑想会が、クムダ・セヤドーをお迎えして、開かれました。 結論を先に言いますと、本当によい瞑想会でした。 私は瞑想会の主催…

パオ・セヤドー講述「顕正法蔵」(翻訳文)5-52

<Idaṃ me puññaṃ nibbānassa paccayo hotu> 比丘たちよ。 もし、ある人が、小さな焚火を大きくしたいと考えたとする。 もし彼が、湿った草、湿った牛糞や湿った木材を火に投げ入れ、水を掛け、その上に砂を撒くならば、彼はこの小さな焚火を、猛烈に、大き…

☆「掌中の葉」(翻訳文)1-27

定の修習をした後、あなたは、先ほどまで有していた、定の境地を放棄しなければならない。 その境地が如何に微妙であり、安らいで安楽であっても、である。 あなたは、内心の自我に向かって、先ほどまで定の修習をしていた心が完全に戻ってくるよう、暗示す…

☆「掌中の葉」(翻訳文)1-26

(訳者注:No1-25に記載の表~hatena画面では箇条書き~はN01-25にて、終了しました) 【心を収める方法】 あなたが心の中で、定の修習を終えたいと思う時、あなたは、己自身に、定の目標を手放すことを暗示しなければならない: 「手放す、手放す」と。 そ…

☆「掌中の葉」(翻訳文)1-25

(訳者註:以下は、原文では表になっていますが、hatenaで表は作成できないので、箇条書きとします)。 ★完全に出定した者の状況 (一)結行を修習する時、ある種の人々は、エネルギーが戻ってきた感覚を持つ。 彼らは「心が戻ってきた」と感じ、それを「正…

☆「掌中の葉」(翻訳文)1-24

このことは、ちょうど、農夫が、植えた作物が豊作だった時に、それらをすべて収穫する方法を知っていなければならない、という事と同じである。このようにして初めて、作物が齎す利益を十分に享受することができるのであるから。 同様に、あなたが止禅の修行…

是誰庵のひとやすみ~モナリザと杏ちゃん

今朝、庭に出てみると、私の一番好きなアプリコット色のバラ「杏ちゃん」が咲いていましたので、一枝手折って、花瓶に挿しました。 他に、アプリコット色は、中型のツルバラ(スイート・ドリーム)を玄関前に植えてあり、これがスプレー状に満開になった時は…

☆「掌中の葉」(翻訳文)1-23

上に述べた「前行」は、動から静への過程であり、今述べている「結行」は、静から動への過程である。 この両者は、定の修習から言えば、同等の重要性があり、決して無視してはならないものである。 残念ながら、多くの修行者は、定の修習における「正行」ば…

パオ・セヤドー講述「顕正法蔵」(翻訳文)5-51

如何にして、心が精進すべき時に、心を精進させるのか? 禅の修行者は、すべての七覚支を育成し、かつバランスしなければならない。 精進が足りず、喜悦に欠けて、恐怖感(=無常への恐れの気持ち)がなく、そのために心が怠惰である時、禅の修行者の心は、…

☆「掌中の葉」(翻訳文)1-22

あなたが最初の段階の修行を行う時、前行は、あなたにとって、重要なポイントであった。 ある程度の修行が進んだ後で、あなたが、あるレベルの定を体験するようになったならば、あなたにとって、結行と前行は、同等に重要なものになる。 以下は、我々はなぜ…

是誰庵のひとやすみ~オハナとお花

写真のアップの仕方が分からなくなりそうなので、ここで、最近撮った写真を、ご紹介。 一枚目、哀愁帯びた愛犬オハナの背とチューリップ。 二枚目、石斛。 オハナは最近留守番が多かったから、少々オカンムリ。でも、保健所から貰われて来た子が、感情出せる…

是誰庵のひとやすみ~二極分化

今、日本は二極に分化しているらしい・・・すなわち、 セレブ階層と貧困階層に。 先日、福岡(糸島)でパオ森林寺院ヤンゴン分院の住職、クムダ・セヤドーによる瞑想会が行われました。 知人にこのことを知らせると「行ってみたい」とおっしゃる。 ちょっと…

☆「掌中の葉」(翻訳文)1-21

最初は、高くかつ深く修行している修行者について。 彼は長期的な訓練を経て、身体と心理の二つの方面において、一日中、二日、乃至七日という長い時間、定に住する事ができるようになっている。 そして、彼は、定から出たいと思ったならば、即刻、定から出…

是誰庵のひとやすみ~パオに出会って

私は子供のころから仏教が好きで、経典を、 手当り次第読んでいました。 ある時、経典に、このような文言があるのを、 見つけました: 「一日無常をみる者は、見ないで 100 年 生きるより、よい」 えっ、これは一体、何を言っているのだろうか? 「無常とは…

☆「掌中の葉」(翻訳文)1-20

多くの修行者は、このような問題に遭遇する: 彼ら自身は出定したくても、心は、出定したくない。 彼らは往々にして: 彼らの心は、出定して何秒かの後、また再び入定してしまうのである。 これこそが、修行者に禅相が現れ始めると、夜、入眠できなくなる理…

是誰庵のひとやすみ~佐々井秀嶺師来土

佐々井秀嶺師、みなさん、ご存知の事と思います。 早世されたアンベードカル師の後を受けて、インドにて、ヒンズー教から、仏教への改宗運動を指導されている方、日本人です(現在、インドで、仏教徒は、2億人まで増えたそうです。) その佐々井秀嶺師が、高…

是誰庵のひとやすみ~クムダ・セヤドー海を渡る

20年前、ミャンマーのパオ森林寺院本山の住職 パオ・セヤドーが、在日ミャンマー人の法話のために来日されたのが、日本での、パオ・メソッドの紹介の始まりでした(パオ・セヤドーは、ご自分の指導方法をパオ・メソッドと称されるのを好まず、「仏陀の瞑想法…

是誰庵のひとやすみ~ファスト瞑想

ゴータマ仏陀の教えとは戒・定・慧の三学だ、と言われます。 戒を守って、人間関係を良きものにし、安定した心で定(サマーディの事。広義は、ジャーナも含む)に入れるように訓練し、訓練によって、定に入れるようになった者には、仏陀の教えた智慧の真髄が…

是誰庵のひとやすみ~考えない事

以前、当ブログに<怒らない事>について書きましたが、今回は<考えない事>について・・・。 クムダ・セヤドーが指導される、大阪の瞑想会に行ってきました。若い人も大勢参加されていて・・・ある人から以下のような質問がありました。 「瞑想する時、考…

是誰庵のひとやすみ~仏教の原点

私は子供の時から仏教が好きで、随分早くから、仏典を手当り次第、読んでいました。 その頃は、仏典と言えば大乗仏典の事で、中村元先生の原始仏教系の経典は、まだ世に出ていなかったと思います。 ただ、不思議なことに大乗経典を読みながら、子供心に「ゴ…

是誰庵のひとやすみ~マイネーと白い雲

最近のインターネットでは、寺島しのぶの長男まほろ君が歌舞伎デビューした、という事が、ニュースとして、画面をにぎわしています。 その見出しが <寺島しのぶ、まほろ君を2歳から超英才教育> ちょっと嫌だな、と思いました。 まぁ、我々庶民、子供が高校…

☆「掌中の葉」(翻訳文)1-19

三、結行 結行(定の修習における、終了の仕方) --心を収める事と、功を収める事 (=瞑想を終了、切り上げる事) 彼は、希望する処において、希望する時において、希望する長さの時間において、なんらの困難もなく(初禅などの)定から出てくる。 これが…

☆「掌中の葉」(翻訳文)1-18

6、身正直性・心正直性 (kyujjukat、cittujjukat) 身正直性:心所が正直(=まっすぐ)で、嘘がない事。 心正直性:心が正直で、嘘がない事。 正直性の障礙:(修行の目標に対して)冷淡である事。 障礙が発生する原因:あなたの心がますます静かで、平和に…

☆「掌中の葉」(翻訳文)1-17

5、身練達性・心練達性 (kya-pguññat、cittta-pguññat) 身練達性:心所が健全で、病的でない事。 心練達性:心が健全で、病的でない事。 練達性の障礙:執着が習慣化している(本来的に認識している粗雑な空間に執着している)。 障礙が生じる原因:本来的…

☆「掌中の葉」(翻訳文)1-16

4、身適業性・心適業性 (kya-kammaññat、citta-kammaññat)kya原文ママ。kayaが正しい?ー後ほど確認しますー訳者 身適業性:心所が、目標を縁に取ることに成功する事。 心適業性:心が、目標を縁に取ることに成功する事。 身適業性の障礙:保守に回る(「(…

☆「掌中の葉」(翻訳文)1-15

2、身軽快性・心軽快性 (kaya-lahut、citta-lahut) 身軽快性:心所の沈み込みがない事(活発である事)。 心軽快性:心の沈み込みがない事(活発である事)。 軽快性の障礙:緊張。 障礙の発生原因:過度に定の修習の目標を憶念する事。 矯正の方法:直覚…