Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 コメント欄はどなたも利用OKですが、リトリートに入っている時は回答致しません。

般若の独り言~準備は万全?

来週、台湾に向けて、出発します。嘉義法雨道場と苗栗法華寺で行われる、リトリートに参加する為です。 瞑想指導は、パオ森林僧院出身の若き精鋭 Ven. U Puññānanda。 深く巧妙な瞑想指導も人気ながら、軽妙な中国語で話される法話が抜群に面白く、今から大…

般若の独り言~心所正直

私は TV も、映画も見ないので、世の中にどんな俳優がいて、どの様に活躍しているのか、まったく疎いのですが、新井浩文という俳優が、自宅に呼んだマッサージの女性に、性的な暴行を働いたということで、逮捕されました。 彼は、(示談不成立で)起訴されれ…

般若の独り言~逃げてもいいのです

千葉県野田市で、小四の心愛ちゃんが、父親から虐待されて亡くなりました。 そして先日、父親だけでなく、お母さんも、”共犯”という事で、逮捕されました。 お母さんの逮捕に対しては、賛否両論あるようです。 母親なのに、なぜ心愛ちゃんを守れなかったのか…

般若の独り言~翻訳休みます

本日は一月30日、早いもので、新年より、もう一か月が過ぎました(年を取ると、月日の流れるのが速いそうで・・・)。 二月下旬に、台湾にリトリートに行きます(嘉義法雨道場&苗栗法華寺。指導は共に、本雅難陀尊者(Ven. U Puññānanda)) その準備のため…

翻訳『禅修指南』(3-44)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 骨格の不浄、厭うべき相で以て、定力を育成する時、あなたは「骨格」の概念を捨てて、骨格の厭わしさにのみ、注意を払わねばならない。 《清浄道論》によれば、骨格の全体または、身体のある部分(32身分)の(1…

翻訳『禅修指南』(3‐43)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> あなたの好む、どの様な言葉でもよいので、それでもって、黙念する。 あなたは、心を平静にして、骨の不浄で、厭わしい相に専注し、それが、一時間または、二時間持続する様にする。 骨格の(1)色、(2)形状…

翻訳『禅修指南』(3-42)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 白骨観 あなたは、32個の部分を、一つの全体と見做すか、または、その中の一つの部分を取り出して、不浄観の修行の対象とする事ができる。 我々は、どの様にして、32身分の中の一つである白骨観を修行するのかを…

翻訳『禅修指南』(3‐41)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 涅槃の三門 ここにおいて、私は、涅槃に向かう三門について、解説したいと思う。 《大念処経》(Mahāsaṭipaṭṭhāna Sutta)において、仏陀は解説して以下の様に言う、四念処の法門は涅槃へ向かう唯一の道である、…

翻訳『禅修指南』(3-40)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 次に、これまでと同じく、目を閉じたまま、禅定の光を運用して、あなたに最も近い人またはその他の衆生を識別する。特に理想的なのはあなたの前方に位置する人が良い。 その人または衆生の32身分、頭髪から始めて…

翻訳『禅修指南』(3-39)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 上述の順序に従って、逐一識別する。 まるで鏡を使って己自身の顔を見る様に、はっきりと、身体の各部分の存在を透視して、当該の身分(注9)を確認する。 この様に修行していて、もし、あなたの禅定の光が暗くな…

仏教徒は何を信じるか~釈果道追善供養翻訳(E- 6)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 『仏教徒信仰的是什麼』から抜粋翻訳 (P87) この四種類の究極法について、(+論蔵は)衆生に対して、微細な分析と詳細な解説を行い、一切は、因と縁の条件と四大の仮合であるとした。 最後に、すべての、終極…

仏教徒は何を信じるか~釈果道追善供養翻訳(E-5)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 『仏教徒信仰的是什麼』から抜粋翻訳 (P86) 論蔵(アビダンマ): 論蔵・・・ある一人の、思考を好む人間から言えば、論蔵とは、非常に重要で、かつ有意義なものである。 それは、仏教における、すべての高度で…

仏教徒は何を信じるか~釈果道追善供養翻訳(E-4)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 『仏教徒信仰的是什麼』から抜粋翻訳 (P85) 經蔵: 經蔵とは、主に、仏陀が色々な場面において述べた所の、教義を収録したものである。 その内、仏陀の弟子、例えば:シャーリープトラ(Sariputta)、アーナン…

仏教徒は何を信じるか~釈果道追善供養翻訳(E-3)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 『仏教徒信仰的是什麼』から抜粋翻訳 (P84) 律蔵: 律蔵は、比丘と比丘尼の生活上の戒・律を記載したものである。 それは、仏陀の教えた戒・律と道徳的な生活の漸進的な進展を記録したものである。 それはまた…

仏教徒は何を信じるか~釈果道追善供養翻訳(E- 2)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 『仏教徒信仰的是什麼』から抜粋翻訳 (P84) 紀元前3世紀、Asoka王の時代、第三次結集が行われた。 この回の結集において、僧たちは、經蔵と律蔵に対して、みな意見を発表し、經蔵と律蔵に対して、一致してその…

仏教徒は何を信じるか~釈果道追善供養翻訳(E-1)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 『仏教徒信仰的是什麼』から抜粋翻訳 (P83~) 《三蔵経典》 三蔵経典は、仏陀が、45年間、弘法された所の教義を結集したものであり、パーリ語によって記録された仏教経典である。 その内には;律蔵、經蔵、論蔵…

仏教徒は何を信じるか~釈果道追善供養翻訳(D-2)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 仏陀が入滅して数百年の後、彼の信徒たちは彼の教義を組織化して、宗教を形成することとなった。 彼らはその他の信仰、各種の奇跡、神秘、占い、まじない、霊符、壇場、お告げと各種の儀式を混ぜ込んだ。 これら…

仏教徒は何を信じるか~釈果道追善供養翻訳(D-1)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 《究極の真理》 (P 76) 究極の真理は、仏陀の教えの中に、見出す事ができる。 仏教は、二種類の真理が存在している事を認めるーー普遍的な真理と、究極的な真理である。 究極的な真理は、理論的または推測によ…

翻訳『禅修指南』(3-38)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> もし、32身分を修行したいと思うならば、あなたは先に、安般念によって、第四禅に到達しておかねばならない。 禅定の光が明るく輝き、その光が四方に放射する時、この光の助けを借りて、あなたは身体の32の部分に…

翻訳『禅修指南』(3-37)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 次に、(座禅堂の中において)あなたの前に座っている禅修行者の 32身体部分を、修習の(+対象として)転換する。 迅速に、頭髪から尿へと照見する。 もし、この様に外観をすることができたならば、己自身の 32…

翻訳『禅修指南』(3-36)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> その後、逐一、グループ毎に観察する。 もし、グループ毎の、身体の 32の部分の照見に成功したならば、次には、同時に 32の身体部分すべてを、遍観できる様に、修習する。 すなわち、頭髪から尿まで、次には、尿…

翻訳『禅修指南』(3-35)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (20/560) 身至念(32身分) 《増支部・三集・10-5掬塩品・11-相経》(Aṅguttara Nikāya、Tika Nipāta、10-5 Loṇakapallavagga、11-Nimitta Sutta)において、仏陀は、止禅心と観禅心の二者共に、明るい光がある…

翻訳『禅修指南』(3-34)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 定の修習におけるその他の法門 まえがき 安般念を修行して、第四禅に到達する方法は、すでに解説を終えた。 禅修行者が安般念によって第四禅に到達し、かつ五自在の修習に成功した後、禅定の光が明るく輝き、光が…

仏教徒は何を信じるか~釈果道追善供養翻訳(C- 3)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 仏法は、2500年前に、ゴータマ仏陀によって齎された。 仏陀は、彼の教法を宣揚する時、我々に対して、生命と世界について、理解する様、要求しただけではなく; 彼が発見した所の真理は正しく、また、実現性のあ…

仏教徒は何を信じるか~釈果道追善供養翻訳(C- 2)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> ある種のインテリは、仏教を古代インドの文化・環境の産物だと見做すか、または、インド宗教の一種だと見做している。 実際は、仏教はこの様なものではなく、仏教とは、神聖な真理なのである。 仏教とは、正覚の…

仏教徒は何を信じるか~釈果道追善供養翻訳(C-1)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 『仏教徒信仰的是什麼』から抜粋翻訳 (P70~) 《仏教とは何か?》 仏教とは神聖なる真理である。 仏教とは何か? この問題に、人々は困惑し、混乱して来た。 故に、人々は、常々、この様に質問をする: 仏教は…

仏教徒は何を信じるか~釈果道追善供養翻訳(B-4)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 三番目の回答方法。 反問する方式でもって、質問者自身に疑問を解決させる。 例えばある人が問う: 「殺生はなぜ罪だと言われるのですか?」 これを彼に反問する: 「もし、その他の衆生があなたを殺害したならば…

仏教徒は何を信じるか~釈果道追善供養翻訳(B- 3)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 二番目の回答方法。 分析と思考を必要とする質問。 例えば人が、以下の様な質問をしたとする: 「アングリマーラは、阿羅漢を成就する前は、一人の残忍な殺人者であった。彼は、阿羅漢になる資格など、ないではな…

仏教徒は何を信じるか~釈果道追善供養翻訳(B- 2)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 仏陀には、提出される質問すべてに回答するという考えはなかったーーあれら意義のない質問、または質問者が答えを聞いても理解することができない問題。 仏陀は非常に現実を重視する導師であり、慈・悲の心と智慧…

仏教徒は何を信じるか~釈果道追善供養翻訳(B-1 )

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 『仏教徒信仰的是什麼』から抜粋翻訳 (P45~) 《仏陀の沈黙》 質問した当人に、その回答を理解できる能力がないと思われる時、または質問自体が本質的な錯誤を含んでいる時、仏陀は沈黙を守る。 經典の中の記載…