Sayalay's Dhamma book

長年、当ブログにおいて逐次公開しましたテーラワーダ系仏教書翻訳文は、<菩提樹文庫>にてPDF版として、正式に公開されています。<菩提樹文庫>WEBをご閲覧下さい。

2021-07-01から1ヶ月間の記事一覧

般若の独り言~日本仏教界の責任

先日、公民館でお年寄りの集まりがありました・・・ (私も、齢72歳なので、行くのは、ディケアーか、老人会とか、そんな所ばかりです~笑)。 その時、70歳くらいの老人(女性)が、 「私は、着ているブラウスが派手で、恥ずかしい」 というのです。 田舎の…

翻訳『親知実見』#51-4

失ってはならない良機(チャンス) ここにおいて、私は、更に一歩進んで解説をしたいと思う。 五蘊は、すなわち、第一聖諦ーー苦聖諦である。五蘊の中には、色蘊(rūpakkhandha)が含まれる。 色(rūpa)は、異なる類型の色聚(微小な粒子)の方式でもって生…

翻訳『親知実見』#51-3

次に、もし、弟子が、阿羅漢道(Arahattamagga)と阿羅漢果(Arahattaphala)を通して四聖諦を知見したならば、彼の観智は、彼をして輪廻を離脱する事を導くことができる。般涅槃の後、彼は必ず、涅槃に到達する事が出来、二度と、どの様な痛苦に出会うこと…

翻訳『親知実見』#51-2

ここにおいて、我々は、仏陀の述べた所の意味を検討してみたいと思う。 もし、弟子が、師長の指導によって四聖諦を了知したならば、彼の四聖諦の観智は、彼が、恭敬し、師長に四資具を供養した、その行為より更に利益がある。もし、彼が、入流道智(Sotāpatt…

般若の独り言~負うた子に教えられ

あなたは幸せか? と問われれば、 「ええ、とっても」 と答えたい。 子供の時から仏教が好きで、でも、日本の大乗仏教は、しっくりこない。 原因は各種あるけれど、その内の一は、日本の大乗仏教は、ゴータマ仏陀の制定した、戒と律を完全に無視しているし、…

翻訳『親知実見』#51-1

第九講 最も殊勝な布施 (施主、主催者及び支援者への随喜の法話)<注426> はじめに 二種類の布施がある: 1)大果報を齎す布施 2)果報を齎さない布施 あなたは、どちらが良いですか? 仏陀が、その弟子(sāvaka)に対して、その教法の中において、布施に…

般若の独り言~今日のトレトレ

朝起きて、コーヒーを一杯飲んで、翻訳をして、庭に出る。 オハナの墓前に行って、飲み水を換えてあげる。 オハナは、もうここにはおらず、どこかへ生まれ変わっているとは思うけれど、残念ながら、私に法力がないので、彼の行先を透視することができない・…

翻訳『親知実見』Knowing and Seeing#50-1

<#50-1>は、中国語原文p378~p398の脚注の翻訳です。 <注416>=ウェサーカ祭:上座部仏教の中において、仏陀の誕生、成仏、般涅槃の日は、陽暦5月(古インドのVesāka月)の満月の日であった為、この名称がある。 <注417>=《大般涅槃経》(Mahāparinib…

翻訳『親知実見』#49-16

仏陀の比庫に対する提案 仏陀は何故以下の様に言うのか: 「故に、アーナンダよ。 己自身を島として住し、 己自身を帰依(処)とし、 他のものを帰依(処)としない; 法を島として住し、 法を帰依(処)とし、 その他のものを帰依(処)としない。 アーナン…

翻訳『親知実見』49-15

仏陀のサンガに対する教誡 仏陀は、更に一歩進んで言う: ”Handa dāni、bhikkhave、āmantayāni vo、vayadhammā saṅkhārā、 appamādena sampādetha.” 「比庫たちよ。今、私はあなた方に告ぐ: 『諸行法は皆、滅法である。 不放逸によって成就せよ!』」(D.2.…

般若の独り言~山を越えて

『親知実見』(パオ・セヤドー著)の翻訳、あと残す所、40ページほどになりました。 私の健康と、PCに大きなダメージがない限り、今月末までに、翻訳は終わりそうです。 大きな山を越えて、安堵しています・・・ 私はいまだ、Windows7 を使っていて、何やら…

翻訳『親知実見』49-14

四念処を修習する時、我々は、五根(pañcindriyāni)<注424>もまた、備えておかねばならない。すなわち: 1)信(saddhā):我々は、仏陀及びその教法に対して充分に強い信仰(信じて敬う)事が必要である。 2)精進(vīriya):我々は、充分に強力な精進…

翻訳『親知実見』#49-13

もし、充分に強烈な意欲を擁するならば、我々は、目標を達成することができる; 充分な意欲を擁しさえすれば、実現しないものは何もない。 もし、充分に強烈な精進を擁するならば、我々は、目標を達成することができる: 充分な精進を擁しさえすれば、実現し…

翻訳『親知実見』#49-12

四念処を修行する時、あなたは、充分に四正勤(Cattāro sammappadhāna)策励しなければならない。すなわち: 1)未だ生起しない不善法が生起しない様に努力する。 2)すでに生起した不善法を取り除く事に努力する。 3)いまだ生起しない善法(定善法、観禅法…

翻訳『親知実見』#49-11

故に、身随観(kāyānupassanā)において、仏陀は、二種類の禅修行を教導した:止と観である。 入出息念(ānāpānassati)と32身分などは、身随観の内に含まれる。 故に、もし、あなたが、入出息念を修習しているのであれば、あなたは、すなわち、身随観を修習…

翻訳『親知実見』#49-10(387/446)

止禅と観禅 仏陀はまた、以下の如くの教導を行った: ”Yo ca vassasataṃ jīve、dussīlo asamāhito; ekāhaṃ jīvitaṃ seyyo、sīlavantassa jhāyino.” もし、人が100歳まで生きても、戒もなく、定力もないのであれば、一日生きて、戒を持して、禅定の修行をす…

翻訳『親知実見』#49-9

人間、一人ひとりには、皆、心がある。 心が、禅定を通して、完全に展開されたならば、観智、またすなわち、智慧であるが、それは、一人の人間を、貪染と生死輪廻の中から、徹底的に解脱せしめることができる。 しかし、禅定は、戒を基礎していなければなら…

翻訳『親知実見』#49-8

「これが戒(sīla)、これが定(samādhi)、これが慧(Paññā)である。 戒の遍修による定は、大果報あり、大功徳あり; 定の遍修による慧は、大果報あり、大功徳あり; 慧の遍修による心は、完全に 欲漏(kāmāsavā)、 有漏(bhāvāsavā)、 見漏(diṭṭhāsavā…

翻訳『親知実見』#49-7

修行の基礎 まず先に、我々は、戒を学び、かつ、戒を持さねばならない。もし、戒学を理解しないならば、我々は、己自身の行為を浄化することができない。 次に、我々は、心をコントロールし、心をして専注せしめる為に、止禅を学ばなければならない。もし、…

翻訳『親知実見』#49-6

我々は如何にして信心(=確信、以下同様)を表現するか あなたは、仏陀の教法に対して、充分に強い信心を擁しているか? 《陶師経》(Ghaṭīkāra Sutta)の義注の中において、以下の様に言う: ”Pasanno ca pasannākāraṃ kātuṃ sakkhissati.” 「信心(=確信)…

翻訳『親知実見』#49-5

我々は如何にして世間を利益するか 我々は、以下の様にして初めて、仏陀の希望の下において、生きているのだ、と言える。 我々は、なぜ、この様にしなければならないのか? ”Tadassa bahujanahitāya bahujanasukhāya lokānukampāya atthāya hitāya sukhāya d…

翻訳『親知実見』#49-4

仏弟子の責任 一人ひとりの仏弟子は、純正な教法が消失しない様に、それを維持、保護しなければならない。 これは非常に重要なことである! 我々は、努力しなければならない。 我々は、何に対して、努力しなければならないのか? 私は、再度、もう一度、述べ…

翻訳『親知実見』#49-3

仏陀の期待 こうして、仏陀は、その日、大林(Mahāvana)精舎の講堂での集会において、比庫サンガの前において、彼はすでに寿行を捨棄した事を宣言した。彼は比庫サンガに向かって以下の様に言った: ”Tasmātiha、bhikkhave、ye te mayā dhammā abhiññā desi…

翻訳『親知実見』#49-2

その後、彼は、阿羅漢果定に入った。阿羅漢果定は、涅槃を所縁とする阿羅漢果心が、長時間継続的に生起するものを言う。 当該の観の修習は強くて力のあるものであるが故に、阿羅漢果定もまた強くて力のあるものとなる。 観の修習の効力と阿羅漢果定の効力に…

翻訳『親知実見』Knowing and Seeing#49-1

第八講 仏陀の弟子と教法に対する期待 (ウィサカ祭における法話)<注416> 仏陀寿行の捨棄 仏陀は木橘村(Veḷuva)において、彼の最後の、一個の、雨安居(vassa)を過ごした。その時、彼は、重病に見舞われた。アーサーラハ(Āsāḷha、太陽暦7月)の満月の…

般若の独り言~ユーカリの苗

昨日は所用で、H市まで行ってきました。 道すがら、色とりどりの、花木の苗を売っている花屋さんを見つけましたので、帰りに寄りました。 丸葉のユーカリの苗、ちょっと懐かしい。 といいますのも、私が通った高校は、<ユーカリの木>がシンボル・ツリーで、…

般若の独り言~今日のトレトレ

朝起きて、コーヒーを一杯飲んで、『親知実見』を一段落翻訳して、庭に出る。 オハナは、お墓にはいない事は知っているけれど、最初に、オハナのお墓に行って、お水を換えて、お花を飾る。 我々一人ひとりが業(カルマ・カンマ)の主人であるから、他人をコ…

翻訳『親知実見』#48-1

<#48-1>シリーズは、中国語原文p356~p376までの、脚注の翻訳です。 <注391>=《蘊経》(Khandha Sutta)中国語原文p23において、当該の經を引用。 <注392>=例えば、菩提長老の《アビダンマ概要精解》 <注393>=仏陀は以下の様に制定した。比庫は、…

翻訳『親知実見』#47-18

問7-19:仏陀は、かつて、比庫に「蛇呪」を教えました。 「蛇呪」を誦念する事と、慈しみの修行は同じでしょうか?呪を念じることは、仏教に入り込んできた、婆羅門教の伝統ではないですか? 答7-19:呪とは何か? 「蛇呪」とは何か? 我々は、呪が、インド教…

翻訳『親知実見』#47-17

問7-18:もし、五蘊が無我であるならば、では、誰が仏法を開示しているのでしょうか?言い換えれば、もし五蘊が無我であるならば、セヤドーが仏法を開示している、という状況は生じない。故に、五蘊と自我(己自身)とは、関係があるのではないでしょうか? …